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― 449 ―1.『民衆の敵』のあらすじと挿絵の造形的特質はじめに、戯曲『民衆の敵』のあらすじを確認しておきたい。本戯曲はノルウェーの国民作家であるイプセンが1882年に上梓し、その後1892年に仏語訳されパリで出版された(注2)。制作座は創設以来、二本目の演目として1893年11月10日に同劇を初演する。その際、プログラムのほかに舞台セットのデザインを担当したのがヴュイヤールであった。題名にある「民衆の敵」とは、主人公トマス・ストックマンのことを指す。物語はノルウェーの海辺の町で進行する。この町では温泉が重要な観光資源であったが、ある日、主人公の医師ストックマンは、製革所から出た廃液が浴場の水質を汚染していることを発見する。彼は実兄である市長に源泉の使用を中止するよう求めるものの、事実の公表と施設の改修工事がもたらす経済的なダメージを危惧した兄は聞き入れない。この状況を市民に訴えようと開いた集会においても彼の正論は揉み消されてしまう。終いには市民の「敵」呼ばわりされ、彼の家族は社会から孤立する。だが物語の最後にストックマンが自らの子どもたちに向かって放った言葉、「この世でいちばん強い人間、それは、まったく独りでいる人間だ」(注3)は、この「民衆の敵」に対する作者の肯定的な態度を示している。戯曲の大筋を踏まえたところで、ヴュイヤールの挿絵に目を移したい。画面には文字要素と人物像が混沌とした状態で共存している。文字要素は演劇プログラムとしての最低限の情報を表示している(左上から上演日、劇団、演目、配役、幕前の講演、劇場、劇団の事務所に関する情報)。配役を記した白い空間の周囲を取り囲むようにして、大勢の人々が描かれるが、大半の人物像の表情はおろか輪郭の境界があいまいにされており、ハイライトのあたっていない部分においては暗雲状のかたまりとして描かれている。光のあたった部分でも、文字を形成する筆致と同じ調子で人物の輪郭が描かれ、ときに文字の一部が輪郭の一部を兼ねている場合もある〔図2〕。戯曲と照らし合わせるなら、第4幕の集会のシーンが描き出されていることは明らかである。しかし肝心の主人公がなかなか見つからない。注視するうちに、画面左下で肘を張り出しながら口を開けて声を発している人物がおそらくストックマンだと特定できる〔図3〕。主人公は、わずかな大きさの差と、人々の視線の流れによって他から区別されるが、どちらかというと群衆のなかに埋もれかけている。主人公にあたる激しいハイライトは、彼を浮かび上がらせるどころか、彼の輪郭を部分的に消し去って、むしろ周囲を構成する線の連なりのうちに埋没させてしまいかねないほどに強烈である。ヴュイヤールはストックマンの存在を強調するというより、意図的に

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