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― 455 ―おわりに先に、ヴュイヤールの本作における戯画的な性格に触れたが、本作は政治風刺とも距離をおいた表現をとっている。またフランスにおけるアナーキスム思想の隆盛を背景にしながら、あえてイプセンの戯曲と同思想とを結ぶ根幹たる個人主義を図像において強調しなかった点は、ヴュイヤールの中道的な立場の表れかもしれない。ヴュイヤールはその後、象徴主義のメーテルリンクらの演劇理念を吸収しながら、ルドンの神秘的な様式に近づいていく。本作はその段階へ至る前のやや突発的な出来事だったのだろうか。掘り下げるべき問題は多く残るが、本作の特異性を、1890年代初頭の緊張感と動きにみちた社会状況への反応として捉えることは、穏やかで閉鎖的な室内空間に結びつけられた従来の画家イメージをあらためて問い直すきっかけとなるのではないだろうか。注⑴Geneviève Aitken, Les peintres et le théâtre autour de 1900 à Paris, thèse, Paris, École du Louvre, 1979.ヴュイヤールの挿絵入りプログラムの先行研究に関しては以下の拙論を参照されたい。「エドゥアール・ヴュイヤールによる演劇プログラムの挿絵:一八九四年上演のイプセン劇『棟梁ソルネス』の挿絵をめぐって」『美術史』177冊、美術史学会、2014、p. 152.⑵Henrik Ibsen, La dame de la mer ; Un ennemi du peuple, traduction Ad. Chenevière et H. Johansen, Paris: A. Savine, 1892.⑶ヘンリック・イプセン『イプセン戯曲選集:現代劇全作品』毛利三彌訳、東海大学出版会、1997、p. 233では、「まったく独りで立っている男」と訳されているが、本稿はノルウェー語による原書での意味以上に当時の仏語版読者の受容に重きをおくため、仏訳版の原文にもとづき筆者が試訳した。Ibsen, op. cit., p. 314: « Lʼhomme le plus puissant du monde, cʼest celui qui est le plusseul. »⑷Cf. ダリオ・ガンボーニ『潜在的イメージ:モダン・アートの曖昧性と不確定性』藤原貞朗訳、三元社、2007、p. 287.⑸Gustave Doré: 1832-1883, cat. exp., Strasbourg: Musées de Strasbourg, 1983, p. 47.⑹1893年周辺のドレに関する文献は以下。Blanche Roosevelt, Life and Reminiscences of GustaveDoré, New York: 1885 (rééd. en français en 1887) ; Emile Bayard « Gustave Doré », Lʼillustration et lesIllustrateurs, Paris: 1898 (chap. VI, pp. 167-187).⑺19世紀フランスの書店用チラシについては以下を参照のこと。Réjane Bargiel; Ségolène Le Men,Lʼaffiche de librairie au XIXe siècle, Les dossiers du musée dʼOrsay, 13, Paris : Réunion des Muséesnationaux, 1987.⑻Patricia Eckert Boyer, Artists and the avant-garde in Paris, 1887-1900, cat. exp., Washington: NationalGallery of Art, 1998, p. 107.⑼イプセン、前掲載書、p. 147.⑽クリストフ・シャルル『「知識人」の誕生』白鳥義彦訳、藤原書店、2006、p. 148.

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