― 462 ―する他の徳悦筆の肖像画についても、細部にわたってほぼ同様の描写特徴が認められ、表現の幅はあまりないといえそうである。次に徳応筆の肖像画は「龍渓宗潜像」(1655年自賛、大阪府・慶瑞寺)、「伊達忠宗像」(1665年洞水東初賛、個人)などがあるが、管見の範囲では表現に少しばらつきがある。そこで特定の画像を挙げず、先行研究を参照し作風を記すと、顔や手は淡墨線であらわし、上瞼など徳悦と同じ箇所に濃墨をいれる。ただし、唇の界線は両端のみを濃墨とするものが多いようである。また徳悦と異なるのは、両目ともに顔の輪郭で切れることなくすべてあらわす、上瞼を二本の線で左目であれば漢字「入」のかたちにする、額の皺は中央部分のみとする、鼻梁の向こう側にも小鼻を描く場合があることだろう。それらを除けば基本的な描法、目鼻の配置などは徳悦と大きく変わるところはない。ただし、衣の彩色、文様は変わらず丁寧だが色数が限定され、金泥の使用範囲もおさえられている。貞綱には複数の「隠元隆琦像」(着賛年不明自賛、福岡県・江月寺など)、「洞水東初像」(1673年虚檽了廓賛、宮城県・瑞巌寺など)などが知られるが、ここでは先学のリスト未収載の優品「江雪宗立像」(賛なし、京都市・龍光院、白文円印「絵所」・朱文方印「貞綱」)〔図3〕を挙げておく。その様式は徳応を土台に、より繊細で洗練されており、顔〔図4〕は細く柔軟な淡墨線で輪郭をとり、朱色で淡く隈をいれる。また目、小鼻、額の皺などの形状、配置は作品によりさまざまで、その点でも徳応と同様である。衣は色数や金泥を限る点で徳応に通じる。全体に徳応より筆が立つ印象で、面貌には生気があり、衣の文様はただ細密なだけでなく華やかさと落ち着きを兼ね備え、像主の存在感の表出は巧みである。秋山氏が「精緻な写実的肖像画」と評された腕前がみてとれる。以上の通り、三人の様式は、基本的に顔は張りのある細い線でかたどり、目鼻の形状や配置に一定の特徴があり、衣服にはやや太めだが抑制のきいた線を用い、衣や器物は精緻華麗な文様で埋め尽くす点で共通する。ただし、徳悦の線がより謹直で絵の具の塗りが厚く全体としてより重厚な印象を与えるのに対し、徳応そして貞綱は顔に隈をいれる、線がより細く衣の色味がより限定されるなどしているため、全体として瀟洒で軽快であり、その傾向は貞綱により顕著といえる。このような徳悦と徳応、貞綱との間に認められる違いは、活躍期にもよるだろうし、また先述の『京羽二重』で両者を別家としていることからすれば、その家の違いによる可能性もあるだろう。一方、彼らに共通する描写のうち、たとえば上瞼などを濃線で描くことは中世以来、肖像画の通例の描法であり、狩野派が鼻孔や唇の界線などに
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