― 473 ―3.《私は私自身の上に扉を閉ざす》─自閉性以上の共感と相違は制作にいかに反映されているだろうか。まずクノップフは、詩の逃避願望、自閉性を、室内で憂鬱に沈む女性として描き出している。画面左上の円鏡に見て取れる閉じられた格子窓の映り込みが、さらにこの空間の閉鎖性を補強している。また《グレゴワール・ル・ロワと共に―私の心は過去に涙す》(1889)〔図3:CR 126 ter〕に注目すると、女性が鏡に映る自分自身の姿に接吻するという非常にナルシスティックな画面が創られている。《私》の鏡も、このような自分を見つめる装置としての役割が想定できよう。世紀末ベルギーの象徴派詩人ジョルジュ・ローデンバッハ(1855-1898)は次のように述べた。よって私の魂はただ一人であり、何ものも影響を与えることはない。それは沈黙の中に閉じ込められたガラスのようなものだ。一切は内部の景観に捧げられている。ジョルジュ・ローデンバッハ「精神の水族館」(一部抜粋:注9)反映をつくりだす鏡やガラスといった素材は、肉体ではない自己を映し出すものとして、内面と深く関わるモチーフであったのだ。次に画面下部の黒い布のかかった台だが、ドラゲは、当時の詩人であり作家ポル・ドゥ・モンによるピアノとの指摘に一定の信憑性を認めている(注10)。事実、この台のむき出しの部分に見える切れ目は、この板を、女性に対し横向きに置かれたグランドピアノの天板と認めうるに十分な特徴であろう。クノップフは、《シューマンを聴きながら》(1883)〔図4:CR 52〕において、音楽を背景に思索に没頭する女性を描いた。ここでは、ピアノが示唆する音楽が、精神の内に没頭する契機としての役割を果たしている。またクノップフ晩年の「自我の館」を訪れたライユは、クノップフが二階の「青の間」で「階下から聞こえてくるピアノの音に耳を傾けていた」と伝えている(注11)。クノップフにとって音楽とは、瞑想、あるいは創作活動のための思索に重要な役割を果たすものであったのだ。そして《私》の背景右側に描かれた侘びしい情景は、クノップフが1才から6才までを過ごした街ブリュージュと考えられる。15世紀以来衰退していたブリュージュは、19世紀末当時、中世の面影をとどめた死の街であった。「そこでは子供の精神はほとんど憂鬱な瞑想と孤独な思索を強いられる」(注12)ブリュージュは、厭世的で自閉的なクノップフの精神を育んだ、ある種の原風景となったのであろう。以上の、
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