― 476 ―らの救いを夢に求める思考がみてとれることを指摘した(注17)。《私》の外界からの逃避、制御し得ぬ自己の自覚という状況と、眠りを司るヒュプノスを救い主とする図式は、抱えている問題は違うが《愛撫》とほとんど同じものである。クノップフがこの神に惹かれるきっかけとなったのは、1891年、《私》制作時のイギリスでの長期滞在の折、大英博物館のブロンズ像をみた事と考えられる。クノップフにとっての救いは、ここで初めて、ヒュプノス神という具体的な形象を獲得したのかもしれない。後にクノップフはヒュプノスについて「私の信じる唯一の神」(注18)と述べ、「自我の館」のアトリエに祭壇を設けてこの神を祀るなど、その傾倒ぶりは崇拝にまで至った。おわりにクノップフは、《私は私自身の上に扉を閉ざす》において、「誰が私を救うべき」に表れた逃避願望と自己への意識に寄り添いつつ、ブリュージュや鏡といった自らの獲得していた造形語彙を用いて、テキストに依拠しない絵画画面を創り上げた。そして画中の女性像に、自己の持つ二面性を象徴させたのである。1902年、「自我の館」とも呼ばれる館において、クノップフは隠遁生活を開始した。室内に閉じこもる人物を描いた《私》は、このようなクノップフ晩年の生活の在り様の先触れともなっている。注本文中、クノップフ作品についてはCR+数字でカタログ・レゾネにおける作品番号を付した。⑴ 《私》に関する主な先行研究は以下参照。Leslie D. Morrissey, “Isolation and the Imagination: Fernand Khnopffʼs “I lock my door upon myself””, Arts Magazine, no. 53.4, New York: Art Digest Inc., 1978, pp. 94-97; Jeffery W. Howe, “Dreams and Death”, The Symbolist Art of Fernand Khnopff, Michigan: UMI Research Press, 1979, pp. 105-116; Sarah Burns, “A Symbolist soulscape: Fernand Khnopffʼs “I lock my door upon myself””, Arts Magazine, no. 55, New York: Art Digest Inc., January 1981, pp. 80-89; Michel Draguet, Khnopff: ou lʼambigu poétique, Paris: Flammarion, 1995.⑵ 同展のカタログでは本作タイトルが“I lock my door upon myself. C. G. R.” と表記されている(Robert L. Delevoy, Catalogue des dix expositions annuelles [des] XX Bruxelles, Bruxelles: Centre international pour lʼétude du XIXe siècle, 1981, p. 262.)。⑶ Yvanhoë Rambosson, “Salon de la Rose-Croix”, Le Mercure de France, Paris: Mercure de France, juin 1893, pp. 178-179.⑷ Jeffery W. Howe, “Dreams and Death”, op. cit., pp. 105-116.⑸ http://www.kingjamesbibleonline.org/Romans-Chapter-7/⑹ 『聖書』日本聖書協会、2001、(新)283頁。
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