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― 487 ―8~12と前後関係が逆転する可能性もあるかもしれない。一群のチョロギ形葉唐草文の前後関係については、唐草起点位置に関する高橋隆博氏の一連の研究(注11)を参考にしたが、明確に起点が描かれていないものについては上述のような方法による起点の位置確認や、茎蔓分岐点に表される節の形態比較などから前後関係を想定した。本期の年代については紀年銘を持つ作例が未実見であることなどから詳細は今後の検討に期したく思うが、天文二十年(1551)に自刃した大内義隆旧蔵と伝えられ、16世紀以前の作と見られるNo. 15東京国立博物館蔵牡丹唐草漆地螺鈿衣装箱(TH-298)の存在から、16世紀前半から17世紀前半と想定しておきたい。また、この年代観に従えば、朝鮮半島では詳絲技法は16世紀前半には出現していたことが予想される。4)「日本」製螺鈿漆器の検討本報告では、「朝鮮時代風」の唐草文を持つ12点の「日本」製螺鈿漆器について検討を行った(表3)が、これらは鞍といった日本での伝統的形態や蒔絵技法の使用などから日本で制作されたことはほぼ間違いないところと思われる。これらについては特に時期区分を行っていないが、これは紀年銘を持つ、あるいは伝承等によりその年代がある程度限定されている作例を主に取り上げたためである。「日本」製螺鈿漆器の想定年代対象作例の中で最も古い紀年銘を持つものはNo. 1愛知県菟足神社蔵の「天文五年」(1536)銘牡丹唐草漆地螺鈿鞍である。鞍の紀年銘と螺鈿装飾時期とを同一と見做し得るかという問題は慎重に検討する必要があるが、ここでは大きな時間差は無いと考えておきたい。No. 2は別所長治所用と伝えられている鞍で、長治が自刃する天正八年(1580)以前の作と考えられる。No. 3から11は17世紀前半の可能性が高い作例であるが、勾玉形葉を持つ唐草文の一群は、いずれも17世紀前半に日本で造られた作例である可能性が高いことが指摘できる。また、16世紀代の作例が少ないため確定的ではないが、日本での詳絲技法の出現は17世紀前後であることが予想される。5)「中国」製、「朝鮮半島」製、「日本」製螺鈿漆器の並行関係以上、ごく簡単に日中韓各地域の当該期螺鈿器についてその時期区分と年代案を述べたが、各地域の相互関係・並行関係についても触れておきたい。中国と朝鮮半島とでは、唐草文の特徴はおそらく元と高麗時代とでは比較的近似しているが、以後差が大きくなっていくように見受けられる。特に、朝鮮半島3期とした時期以降、半島では大形のチョロギ形葉を持つ唐草文が器物の主要装飾文様となって展開するが、唐草文が周縁等を飾る付属的装飾という位置づけであったためか、中国ではf字形、コン

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