― 493 ―㊻ フランシス・ベーコンと映画との構造的連関点─1940年代後半から1950年代の作品の形式を通じて─研 究 者:東京国立近代美術館 研究員 桝 田 倫 広1.はじめに戦後イギリス美術を代表する画家、フランシス・ベーコン(1909-92)は、写真や映画などのいわば映像表現から着想源を得て、絵画を描いた。たとえば、彼が《磔刑の基部の人物のための三習作》(1944年)〔図1〕で採用した三連画(トリプティック)という形式は、磔刑という主題も含め伝統的な宗教画との関係が色濃いことは明白だが、同時にアベル・ガンスによる三連スクリーンの無声映画「ナポレオン」(1927年)との相関関係や、イードウィアード・マイブリッジやエティエンヌ=ジュール・マレーらの連続写真からの影響も見られるとも指摘されている(注1)。ベーコンは形式だけではなく、モチーフも映像表現から多数援用している。1948年頃から彼が繰り返し描いた叫びをあげる人物というモチーフは、セルゲイ・エイゼンシュテインの映画「戦艦ポチョムキン」におけるオデッサの階段のワンシーンでの叫び上げる乳母の顔から得られているし、あるいは《二人の人物》(1953年)〔図2〕はマイブリッジの連続写真から取られている。これらはかなり以前から指摘されてきたことだが、他のモチーフと着想源との照合も近年、ベーコンのアトリエに残された資料の調査が進展し、判明してきた(注2)。それでもベーコンと写真や映画との関係性は、これまで描くためのモチーフとイメージソースとしての関係性でしか捉えられてこなかったきらいがある。本調査は、1940年代半ばから50年代前半にかけてのベーコンの作品と映画との関係性を、とりわけ絵画の構造の次元において探るものである。というのも論者は、この時期のベーコンの絵画ないし、その展開に、映画への理解や関心が作用していると考えるからである。40年代半ばまで、ベーコンはオレンジ色を基調とした背景に人物を描いてきた。48年頃から急に暗色の背景を使用するようになり、ときには映画のノイズを思い起こさせる縦のストロークが画面全体を覆う。結論を先取りして言えば、モチーフの輪郭をあいまいにするこの縦のストロークは、ある特定の空間にモチーフを固定させないことによって、そのイメージが動いているかのように、つまり映画のようにイメージが現れては消えるような視覚的体験を、観者にもたらすために採用されたのではないかと考える。そしてこうした構想の源泉には、ベーコン自身の映画体験が横たわっているのではないか。しかしながらこのことを立証にするには、以下の問
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