tsuto
504/639

― 494 ―題がある。マーティン・ハリソンがいみじくも述べている通り、ベーコンが一体いつ何の映画を見たのか、判然としないことである(注3)。「画家でなければ映画監督になりたかった」(注4)とベーコンが述べていること、1930年代、ロンドンのフィルム・ソサエティーの会員にもなっていたこと(注5)から窺えるように、彼が映画に対して相当の関心を寄せていたことは明らかだ。だが、それに対する理解と作品制作との関係の深度を、作品だけから測ることは難しい。そこでヒントとなるのは、やはりベーコンのアトリエに残された資料群であろう。そこからベーコンの映画に対する関心や知識を類推し、絵画制作との関係性を跡づけてみたい。2.アトリエに残された映画関係の資料ダブリン市立ヒュー・レーン美術館は、1998年、ロンドンのリース・ミューズにあったベーコンのアトリエに残されていた資料の一括寄贈を受け入れ、それを整理・保存している。ベーコンは1961年以降、亡くなる1992年までこのアトリエ兼住居を使用していた。書籍に限っても約570冊の蔵書が残され、書籍から破かれたと思しき紙片は約1,300枚に及ぶ(注6)。これらの多くは当然、60年代以降のものが多いが、なかにはそれ以前に刊行されたものも存在する。当然のことだが、アトリエや住居を引っ越すたびに、ベーコンは多くの事物を処分したはずである。また、その後も定期的に所持品の整理もしていたことであろう。逆に言えば、リース・ミューズのアトリエの使用以前から所持してきたと思われ、かつ現在に至るまで残された資料は、彼が選択的に残してきたものであるため、彼にとって非常に大事なものだったと推測することができよう。アトリエに残された映画に関する雑誌、本を見てみよう。ベーコンの蔵書を見ると、ベーコンの映画に対する嗜好を窺える。映画に関する蔵書は、セルゲイ・エイゼンシュテイン、ルイス・ブニュエル、アラン・レネ、ジャン=リュック・ゴダール、イングマール・ベルイマンに関するものが見られる(注7)。このアトリエ資料のなかで、特に40年代末から50年代の彼の制作に直接的に関係していると思しき資料は、この切り抜きである〔図3〕。これはシネラマというワイドスクリーンの映画の上映方式を紹介している記事である。人物写真が掲載され、この写真上部には以下のようなキャプションが付せられている。「シネマスクリーンは、観客にとって割れのない一枚の表面に見える。しかしそれは実際には、何百もの垂直に垂れるすだれによって構成されている」(注8)。シネラマとは、1952年にアメリカで開発された広角度のパノラマスクリーンであ

元のページ  ../index.html#504

このブックを見る