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― 495 ―り、人間の視野とほぼ同じ180度に近い視界を得ることのできる映写技術である。広角度を実現するためスクリーンをカーブさせる必要があり、すだれ式のスクリーンが使用される。つまり映像としてはひとりの人物が写っているだけだが、実際にはそこに映像の光を受け止める支持体として無数のすだれ状のスクリーンがあることを、この記事は述べている。そしてベーコンは、この写真の上に縦の垂線をいくつも描いているというわけだ。これは、同時代のベーコンの絵画で試みられていた画面を覆う縦のストロークに直結しているだろう。とりわけスーツを着た人物を取り囲むかのように垂線が引かれているため、「青の中の男」シリーズとの関連が指摘されている(注9)。ベーコンがこの写真の上に引いた縦のストロークは、そこに現れているイメージの支持体が実は、複数のすだれによって形成されていることを確認しているかのようだ。すなわち、それを映像として認識しているときには映像が現れているが、映写機から発せられる光が消えたとき、そこには物質としての無数のすだれがあるだけ、といったように(注10)。とはいえ、残念ながらベーコンの縦のストロークの着想源がこのシネラマだけによるものとは言いがたい。というのも、シネラマという上映技法が初めて採用された映画「これがシネラマだ」の公開は1952年9月のことだが、ベーコンの絵画において人物を表しつつも消失させるかのような縦のストロークは、1949年頃から登場するからである。ただ少なくとも、シネラマの存在がベーコンにとっての理論的な裏付けになった可能性はあるのではないだろうか。本調査において、この資料の裏面を確認することができた〔図4〕。そこにはシネラマでは広角スクリーンを生み出すために3つの映写機が使用されていること、そして中央の映写機は中央に向けて投影されるが、左右の映写機から発せられる映像は交差して右左に映写されることなどが記されている。要するに3つの異なる映像をつなぎ合わせることで、ひとつの統合的なイメージを生み出すシネラマの特徴が記述されている。このような異なる断片の統合、あるいは統合的に見えるものがその実、分節させられていることは、この時期のベーコンにとっての関心事のひとつであった。そのことを踏まえれば、ベーコンの絵画と映画との理論的な接点が垣間見えてくるように思われる。3.絵画における「総体的調和」と「分節」ベーコンによる《磔刑の基部の人物のための三習作》は、三連画、すなわちトリプティックの形式として知られる作品である。磔刑を主題としたトリプティックの作品

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