― 498 ―コンのアトリエを訪れ、ベーコンが所持していたスクラップ資料を撮影しているが、そこにはナチスに関するニュース記事の他に、マンヴェルの別の著作からの切り抜きもあったことが分かっている(注18)。このようにベーコンは、彼の著作を早い段階から所持し、参照していた可能性が高い。マンヴェルは、『フィルム』において映画の場面のつなぎ方、つまり映画的な時間の作り方を、「1直接カット、2フェード・インとフェード・アウト、3ディゾルヴ、4ワイプ、5つなぎ字幕」(注19)といったように整理している。とりわけ、2~4の技法は、ベーコンの絵画における縦のストロークに付与された役割と非常に似通っている。グレーの背景に人物が描かれるベーコンの絵画は、マンヴェルの整理した映画の技法と比較してみれば、暗色のフレームからイメージが浮かび上がる、あるいは消えるフェード・インとフェード・アウト、画像を重ね合わせて、別のシーケンスへと移行させるディゾルヴ、垂直ないし水平に拭き取るようにイメージをかき消し、別のイメージを導入するワイプに近いもののように感じられるだろう。いずれにせよ、映画におけるこれらの技法は異なるショットをつなぎ、映画の中で物語や時間を進めるものである。実際、この縦のストロークは、人物を突き刺し空間に固定するかのようでありながら、その輪郭をぼかし、絵画空間における人物の居所をあいまいにする。絵画であるからモチーフは当然、止まっている。一方で、縦のストローク自身の運動性も感じられるが、なにより絵画空間のどの位置に人物がいるのかを把握することを困難にすることで、人物があたかも動いているかのように、現われつつ消えているかのように感じられる。縦のストロークの事後的な発想の一因となった「シネラマ」が3つの映像の統合であったことは、その意味で示唆的である。つまりトリプティックという形式は、画面間の視点の移行によってイメージを固定させないように作用する。他方、縦のストロークが描かれた作品では画面間の視点の移動なしに、観者に映像的な運動の知覚体験をもたらすことができる。トリプティックで行なおうしていたことが縦のストロークのみによって実現できると感じたからこそ、50年代においてベーコンはトリプティックを描かなくなったのではないだろうか。《人間の頭部の三習作》(1953年)〔図8〕は、トリプティックを思わせる形式と縦のストロークとがどちらも採用された数少ないひとつである。左から右へと見れば、笑っている人物が叫びを上げ、そして崩れていくかのようである。その意味で、画面間に時間的な流れを感じさせる作品である。しかしそれでもやはり右の画面では人物の背景に黄色い縁が描かれていて、左と中央の画面と空間が異なっている。そのため、同じ場面を捉えたものなのかどうか、結局は判然としない。そして暗い背景に白色を
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