― 512 ―⑹『新板願出印形帳』の天明7年11月出願に『再板二十四孝絵抄』(俵屋太郎吉)が本書を指すと思われる。関西大学図書館所蔵本は巻末広告に『絵本太閤記』が記されることから後版。⑺天保6年(1835)刊行『為朝外傳鎮西琉球記』の後編の挿絵、および安政4年(1857)刊行『夢合早占大成』の「補画」を松川半山が担当している。なお、前書は杜晋三の序文に「玉山故翁之画」とあり、玉山没後に刊行されたことがわかる。⑻《月下美人図》は東京国立博物館編集・発行『東京国立博物館所蔵肉筆浮世絵』(1993)を参照。本作は款「法橋岡田玉山図倂題」、印「玉山」(朱文方印)、「尚友之印」(白文方印)、「不知老之将至」(朱文長方印)を確認できる。その他、玉山の肉筆画には《阿房宮図》(個人蔵)、《源経基像》(大阪歴史博物館蔵)などがある。⑼本資料は縦13.6糎、横19.5糎の横半帳。題簽には「い之部/岡田玉山著/いろは引画稿/八冊之内壱」の墨書とともに、淡彩で波紋と桜の花弁の絵が添えられている。他7冊については未見。1丁表に旧蔵者の館蔵印「卍文庫」(朱文長方印)、「濱和助所蔵」(朱文楕円印)が捺される。2丁表「和流之雷公」、「漢画之雷公」から始まる全48丁の雑記帳。「漢山水ニ画ク岩粉色之方」、「唐画ノ法」などと記された筆法や彩色に関するもの、大坂の街並、魚、海老、烏賊などの海生物などが素早い筆致で描かれている。なかには参考にしたと思われる文献として、「列仙傳」、「倭比事」、「画苑」、「写宝袋」などの書名を見出せる。玉山は西川祐信、橘守国、吉村周山といった上方絵師が手掛けた絵本、絵手本からも学習していたと推測できる。⑽田島達也「京都の美人画における井特と上龍」(『京の美人画展』京都文化博物館、1993)、10-15頁。⑾中野氏前掲書「読本挿絵における北斎と上方絵師の交流」、266頁を参照。⑿中山創太「歌川国芳研究─19世紀浮世絵における文化交渉のかたち─」(関西大学博士論文、2013)、19-20頁。⒀徳田武、石橋崇雄両氏によって『唐土名勝図会』の制作に関連する中国版本が提示されている。岡田玉山編述『唐土名勝図会複製版』(株式会社ぺりかん社、1978)を参照。⒁鈴木重三「国芳─多彩奇抜な画業」(『浮世絵八華7国芳』株式会社平凡社、1985)126頁。⒂中山創太「歌川国芳筆《通俗水滸伝豪傑百八人之一人(一個)》の制作をめぐって」(『研究紀要』第31号、神戸市立博物館編集、2015)。⒃岩切友里子「浮世絵武者絵の流れ」(佐々木守俊・滝沢恭司編『浮世絵大武者絵展』町田市立国際版画美術館、2003)、126頁から引用。⒄中野氏前掲書「読本挿絵における北斎と上方絵師の交流」、302頁を参照
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