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― 519 ―本像は頭部に象頭付きの皮を被る点が特徴である。このような興福寺像に対し、中国・韓国の作例との比較を通してその尊像構成と図像的特徴を考察してみると、以下のようにまとめられる(注9)。興福寺像は、八部衆を構成する尊像全体でとらえると、特に慶州昌林寺址三層石塔(8世紀後半)の系統の作例と共通する割合が高い。阿修羅像が左右第一手を合掌手としない可能性があること、迦楼羅像が胸前に挙げた左手に宝珠を執った(もしくは持物を執らない)可能性があること、摩睺羅伽像が頭に蛇を巻き、蛇尾を握り、持物を執らないこと、乾闥婆像が楽器を執らないこと、炎髪の像が含まれることなどであり、これらは中原において形成された図像的特徴のうち、比較的古い段階のものである。そして、一角を有する緊那羅像は、韓国の作例にはないが、中国においては初期の作例から認められ、これも中原における比較的古い図像によるものと考えられる。すなわち、興福寺像は、中国・韓国の現存作例に尊像構成や図像的特徴が完全に一致する作例は確認できないが、8世紀までに存在した中原における複数の図像情報の中から、それぞれの特徴を適宜組み合わせて八尊の構成したものといえる。なお、西金堂釈迦集会像の典拠とされる『金光明最勝王経』には、八尊の構成についても図像的特徴についても明記されない。そのため、本経を根本思想としながらも、八部衆の造像に際しては、当時ないし先行する儀軌や義疏、または先行作例に依拠することとなる。そこで参考となるのが、法隆寺金堂壁画、法隆寺五重塔である(注10)。法隆寺金堂壁画9号壁(7世紀末頃)には、乾闥婆(頭に獅子皮を被る)、迦楼羅(嘴と頰の肉垂を有する)、竜(頭上に竜が湧き上がる)とともに、二臂の阿修羅とみられる像が描かれている。和銅3年(710)頃の法隆寺五重塔塑像群の中には、乾闥婆(獅子皮。北面5号・北面7号)、阿修羅(三面六臂。北面6号)、迦楼羅(鳥頭。北面11号・北面13号)、竜(頭上に竜。北面8号)ほか、北面9号像、北面10号像のように、馬やその他の動物の頭部を付ける着甲神将像が認められる。しかし、これらの像に対し、興福寺像は八尊を図像的に区別する意識が強い。各像の図像がより固定化し、具体化されたともいえる。すなわち、8世紀前半と中頃の間に、八部衆像に関する図像把握の転機があったと推測される。3.八部衆と二十八部衆に関わる図像的問題─伝五部浄像を中心にここであらためて中国・韓国の八部衆像に触れながら、国内の二十八部衆像(注11)をも視野に入れ、興福寺像が有する問題点について確認していく。特に二十八部衆像との関わりが顕著な、頭部に象頭付きの皮を被る伝五部浄像についてここでは取

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