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― 523 ―伽・毘舎闍・鳩槃荼からなる十部衆のうち天と竜を除く八部の像であり、乾闥婆、阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽の尊名が明らかな五尊と、夜叉・鳩槃荼・毘舎闍に推定される伝五部浄、伝鳩槃荼、伝畢婆迦羅による構成ではないかと考えたい。八部衆という枠組みは、6世紀後半頃には、一応、天以下摩睺羅伽までの八軀で構成されると定義されたものの(『観音義疏』)、尊名や数の厳密性は弱く、かなり流動的なものであった。「諸天竜夜叉乾闥婆阿修羅迦楼羅緊那羅摩睺羅伽人及非人」を「天竜八部神鬼」(注26)と記すことも多々あり、天と竜および鬼神形八軀とも理解され始める。地婆訶羅訳『最勝仏頂陀羅尼浄除業障呪経』(7世紀後半)においては「天竜八部乾闥縛阿素洛羯路洛莫呼勒伽鳩槃荼畢舎遮人非人等」(注27)とあり、天・竜と八部(その内訳は乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・鳩槃荼・毘舎闍・人非人)と理解できる。『十一面神呪心経義疏』における「十部衆」は、このあたりのつじつまを合わせるための苦肉の策であったとも推測される。5.興福寺像の表情について興福寺像を考えるとき、しばしば指摘されるのがその緊張感をはらんだ躁鬱な表情である。浅井和春氏によれば、西金堂諸像は『金光明最勝王経』に依拠する尊像構成であることに加え、興福寺像の造形的特徴をさらに細かく見つめ、本像の眉をひそめた特異な表情に光明皇后の母橘三千代に対する深い哀悼の念を汲み取り、あらためて『金光明最勝王経』との具体的関係、すなわち、同経の滅業障品に登場する女人「福宝光明」の成仏譚に依拠する造像とみる見解が示された(注28)。確かに、そこにはあからさまに慟哭するのではない、内に秘めた繊細な感性が垣間見え、興福寺像が細心の注意を払い造立された像であることは疑いない。そこで、韓国・中国の作例について、その表情に着目してみる。まず、韓国の作例であるが、現存像がいずれも8世紀後半~10世紀前半の石塔の基壇上部に配される浮彫像であることから、細かな表情までの看取は厳しい。阿修羅像〔図12〕の本面は眉根を寄せないが、他の尊像は眉を隆起させ、眉間に小円形の瘤を表し、目を凝らす。これらは特別な表情を示すものではなく、阿修羅は天部像として、着甲する他の六尊は神将像としての普遍的な面貌表現である。中国の作例においては、敦煌莫高窟第156窟(盛唐)、第159窟(中唐)など、守護尊像として表される場合には、阿修羅像も他の尊像もともに眉を隆起させ、眉間に小円形の瘤を表し、瞋目とする例が盛唐期以降顕著となる。こちらも守護の神将像としての普遍的な面貌表現といえる。その一方、第158窟(中唐)の八部衆像は仏涅槃に

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