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― 527 ―ことが次の論考などで指摘されている。・ 瀬山里志「陀羅尼集経様四天王像の日本における受容と展開」、『仏教芸術』239号、1998年7月、73~93頁・ 瀬谷貴之「興福寺四天王像の再検討─その肉身色を手掛かりとして」、『美術史』147号、1999年10月、15~35頁・藤岡穣「説法印阿弥陀如来像をめぐる試論」、『待兼山論叢』美学篇35、2001年、1~26頁� 『大正』18-872下。� 『大正』4-135中。� 拙稿「韓国の八部衆像について」、平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(B)・海外学術研究(研究代表者:武蔵野美術大学・朴亨國)成果報告書『韓国の浮彫形態の仏教集合尊像(四仏・五大明王・四天王・八部衆)に関する総合調査』、2008年3月、441~430頁。� 『大正』39-1007下。� 『大正』39-1008上。� 菩提流志訳『千手千眼観世音菩薩姥陀羅尼身経』(『大正』20-99上)など。� 『大正』19-355中。� 浅井和春「奈良時代の仏像─歴史や教学との関連をめぐって」、前掲注⑸『日本美術全集』3、175頁。図版出典について本稿において使用した図のうち、図1~5は東京国立博物館『興福寺国宝展』図録(1997年)、図6、8、9は『奈良六大寺大観』第七巻興福寺─(岩波書店、1969年)、図10は『曼荼羅と来迎図』(日本美術全集第7巻平安の絵画・工芸Ⅰ、講談社、1991年)からの複写であり、図7は李政勲氏、その他は著者の撮影による。

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