― 45 ―⑤岡山藩主池田家の能楽美術・文化の研究研 究 者:一般財団法人林原美術館 学芸課 課長 浅 利 尚 民はじめに岡山藩主池田家旧蔵(以下、池田家旧蔵品と略す)の資料の多くは、現在は林原美術館と岡山大学附属図書館池田家文庫(以下、池田家文庫と略す)に分かれて所蔵されている。またその他にも、大正時代以降の池田家による売立で同家を離れ、各地の博物館施設等で所蔵していることが判明しているものもある。それらの中でも林原美術館所蔵の池田家旧蔵品は、池田家が什器(≒什物・調度品)として昭和26年(1951)まで管理してきたものであり、その内訳は書跡・絵画・蒔絵・陶磁器など幅広い。特に能楽関係資料(能面・能装束・能道具・狂言面・狂言装束・狂言道具など)は、林原美術館で収蔵する約1万件の資料の2割程度を占めており、近世を通じて池田家が能楽関係資料を大量に制作するとともに、その後も大切に保存してきたことがうかがえる。本稿ではまず、これまで明らかになってきている池田家旧蔵品の伝来過程を概観し、その構造と歴史的な背景及び意義をふりかえる。そして池田家に伝来した能面の中でも特殊な名称が付けられているものに注目し、能面の制作年や由緒を記した「御面控」とあわせて考察を加えることにより、第2代岡山藩主池田綱政(1638~1714)が同家の能面の作成、ひいては能楽美術・文化に関して積極的に関与していたことを明らかしたい。1.岡山藩主池田家旧蔵資料の構造と現状近世から近代にかけて、池田家旧蔵品がどのような秩序を持って維持・管理されていたのかは、先行研究に論じられているが(注1)、ここではそれらの中から、特にかつて拙稿(注2)で論じた池田家の家政機関による資料管理の方法を取り上げ、池田家旧蔵品の構造と現状を簡単にまとめてみたい。近世を通じて池田家旧蔵品の多くは岡山城内の収納施設(各納戸や宝蔵など)、あるいは閑谷学校や岡山後楽園(以下、後楽園と略す。近世には「御後園」と呼称されていた)など各施設に設置された蔵ごとに管理されていた。明治維新後、これらの史料群は池田家の邸宅に運び込まれ、明治5年(1872)頃から池田家の家政機関の調度掛によって整理が行われた。明治14年(1881)には、池田家岡山事務所内(現林原美術館敷地)に所在する「御土蔵」3棟を建設しており、岡山県内に複数所蔵していた
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