― 544 ―2.2012年度助成① 「普賢十羅刹女像」唐装本の研究研 究 者:小田原市郷土文化館 分館・松永記念館 学芸員 中 村 暢 子1.はじめに本研究の目的は、「普賢十羅刹女像」唐装本の基礎的な調査によって、唐装本と和装本の特質の違いを明らかにし、「普賢十羅刹女像」の成立と展開過程を再検討することにある。「普賢十羅刹女像」は、『法華経』に説かれる普賢菩薩と十人の羅刹女を一図に描いた仏画である。十羅刹女の描き方によって中国風の服装を着す唐装本と垂髪に女房装束を着す和装本の二様がある。仏画は儀軌や典拠となる図像に則って描かれるものであるが、普賢菩薩と十羅刹女を一図に表すことを記した儀軌等は見出されておらず、成立自体が不分明とされている。十羅刹女を世俗的な姿で表す和装本は仏画として特異であるため、先行研究においては専ら和装本の成立過程を軸として考察が進められてきた。唐装の十羅刹女像は大陸からもたらされた図像を参考にしたものとして議論の焦点になることは少なかったが、唐装の典拠や規範性も必ずしも自明ではない。本研究では、唐装本の現存作例を調査し、その知見をもとに唐装の十羅刹女像について、髪型や装束に時代的な特徴があるのか、図像の系譜がみとめられるのかを確認する。さらに、唐装の女神像とも比較をすることで、唐装十羅刹女像の図像が唐装で表される尊格として一般性をもつものなのか、十羅刹女にしかみられない固有の特殊性があるのかを明らかにする。2.先行研究日本において造形化された唐装の女性尊格の研究については、近年、総体的な把握(注1)とともに服制・髪型について個別具体的な研究が進んでいる。一義的には、「唐装」「唐装束」「唐服」等と称されるが、「唐代女性の風俗を範にした」という説明で終始することが多く、その内実が必ずしも詳らかでなかったこと、また、研究者によって着衣の各部の名称に異同があることから、着衣名称の見直しと着衣の源流を再検証する研究について成果が挙げられている。海老澤るりは氏は、奈良時代の吉祥天像の着衣の源流について、上衣として「筒袖
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