tsuto
556/639

― 546 ―ので、二菩薩・二天等の眷族の有無は作品ごとによって異なる。(1)「普賢十羅刹女像」(東京・根津美術館蔵)平安時代(2)「普賢十羅刹女像」(東京・根津美術館蔵)鎌倉時代(3)「小厨子扉絵」(奈良・大和文華館蔵)鎌倉時代(4)「千手観音二十八部衆像」(徳島・神宮寺)鎌倉時代(5)「普賢十羅刹女像」(鳥取・常忍寺蔵)鎌倉時代(6)「普賢十羅刹女像」(大阪・藤田美術館蔵)鎌倉時代今回調査した作例のほかに、展覧会図録等に掲載されているもの、また、報告者が過去に調査した作例も含め、現存する唐装本の十羅刹女の図像の異同について確認し得たことの概要を述べたい(注9)。以下、個々の作例については、所蔵に「本」を付した略称で表記する。・持物尊格ごとに持物の異同を確認したところ、①表され方が一定で作例による差異がない尊格、②持物の形状や持ち方によって二つないし三つの型に分類できる尊格の別があることがわかった。以下、順にみていきたい。(1)第一藍婆藍婆は、右手に独股を持ち右肩に当て、左手に念珠を持すとされる尊格である。大和文華館本と香雪美術館本において左右の持物が逆であること、神宮寺本と能満院本〔図1〕において左手の念珠を持つ位置が胸前であること以外は、ほぼ儀軌通りに表される。また、「如夜叉」(法華十羅刹法)の表現としての巻髪の表現は、根津美術館本〔図2〕など、平安時代の作例から認められ、和装本においても鎌倉時代の益田家旧蔵「普賢十羅刹女像」(以下、旧益田家本)と静岡・大福寺蔵「普賢十羅刹女像」(以下、大福寺本)〔図3〕にも認められ、和装と唐装の別を越えた共通点として興味深い。(2)第二毘藍婆右手に風雲、左手に念珠を把るとされる毘藍婆は、①儀軌通りに表される作例(香雪美術館本・藤田美術館本〔図4〕)、②右手に風雲を表すが、左手は念珠を把らず垂下する作例(常忍寺本・ギメ美術館本〔図5〕)、③右手に風雲を表し、左手を袖衣の中に隠す作例(奈良国立博物館本・能満院本・神宮寺本〔図6〕)の三つの型がある。和装本の旧益田家本や奈良国立博物館本の毘藍婆は、右手に鏡を持つ姿であり、これは「前立鏡臺」という記述を表したものと推測される。このように、唐装本と和装本で持物が異なることは、十羅刹女の図像の継承関係が、基本的に唐装と和装では別だったことをうかがわせる(注10)。

元のページ  ../index.html#556

このブックを見る