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― 558 ―て私は、ともすれば装飾的なものへ陥り易い、またすでに往々にして陥ってしまっている、絵画における平板さをも避けたのである。」(注12)と。光学的というよりは、徹底した観察と経験に基づくカンディンスキーの色彩研究は、色彩を説明するために「生理学的現象を強調した」ゲーテの『色彩論』に大きな影響を受けている(注13)。また、色彩の情緒喚起力への関心は、同時代の新印象主義、とりわけシニャックの『ウジェーヌ・ドラクロワから新印象主義まで』を想起させる(注14)。実際、共感覚者だったと言われるカンディンスキーは、『芸術における精神的なもの』において、色彩の作用を楽器に譬えて生き生きと描写しているが、本研究で特に取り上げたいのは、色彩が観者に与える動的な効果である。カンディンスキーは、黄色の「遠心的運動」と青色の「求心的運動」を、挿図(注15)〔図1〕を用いて詳しく解説している。それによると、「黄は光を放って、中心から外への運動をはじめ、明らかに我々に近づいてくるように見え」、また青色の円は「求心的な運動を起し、(小さな殻の中に自分の体を引っ込める蝸牛のように)我々から遠ざかっていく」。一方、色彩に関する雄弁さとは逆に、形態の効果に関するカンディンスキーの発言は慎重さを留める。「換言すれば、私自身、依然として純抽象的な形態を対象の橋渡しなしに体験するほど成熟していなかったのだ。仮にも当時、私が、この能力をすでに所有していたなら、すでにその時点で絶対絵画が私の手で生まれていただろう」(注16)という述懐のとおり、ミュンヘン時代の画家は、具象的なイメージを変形させたり、還元的に表現したりすることによって形象を生み出していた。幾何学形態に関しては、その抽象的な効果を期待する一方で、それが、文様つまり平面性と物質性に親和的であることを危惧していたのである。「我々を自然に縛り付けていた絆をまったく断ち切り、がむしゃらに自由を目指して突き進んで、純粋な色彩と、自然とは関係ない形態との結合に満足し始めているとしたら、我々は、幾何学模様のように見える作品、ざつな言い方をすれば、ネクタイや絨毯のような作品を作り出すことであろう」(注17)。19世紀末から20世紀初頭にかけてミュンヘンでは、ユーゲントシュティールが隆盛していた。ヘルマン・オプリストやミヒャエル・エンデルらと親交し、彼らの芸術論からも影響を受けていたカンディンスキーは(注18)、自らも、円を用いたデザイン画なども残している〔図2〕。こうした大胆な意匠は、その抽象絵画に直接的に摂取されなかったものの、幾何学形態自体は別のかたちで画面に導入されることとなった。それは、筆者が以前に詳しく論じたことがある「隠されたコンストラクション」

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