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― 560 ―てきた(注23)。一方本研究では、円に「求心的なもの」と「遠心的なもの」が見出されている点を重視したい。ヴァイスは、この先例として、ユーゲントシュティールの批評家であるカール・シェフラーが、1901年に雑誌『装飾芸術』に寄稿した論考中の「円は永遠に美しく、完璧な文様である。なぜならそこに、ふたつの力─求心的なものと遠心的なもの―の、もっとも明快で有り得べき平衡が生じているからである」という一節を紹介している(注24)。しかし、年代を考えるならば、シェフラーとの類似は、黄色の遠心性と青色の求心性を示した挿図〔図1〕や1910年代後半の作品に顕著な、画面全体が回転する構成に認められるべきかもしれない(注25)。いずれにしろ筆者は、ミュンヘン時代の作品に顕著な、円の求心的あるいは遠心的な動性は、カンディンスキーの幾何学的抽象絵画の成立に大きな役割を果たしたと考えている。以下、まずは図像的な観点から、続いて構成的な観点から、円というモティーフを検証していきたい。2-1.運動の図像的源流完全に幾何学的な円形は、1920年前後にカンディンスキーの作品に登場する。そのもっとも早い作例のひとつである《小さな世界4》〔図6〕には、大小二つの親子のような円が描かれる。さまざまな要素の背後にある大きな円は、画面全体の遠心的な広がりを支え、大きな円の内部にある小さな円は、付随する三本の羽のような形態によって、求心的な力を発揮しつつ回転しているかのように見える。ここで両者は、緩やかな遠心性の回転と敏速な求心性の回転という対照的な動感を与えられている。三本の羽をともなった小さな円については、1922年の「ベルリン無審査展の壁画」のマケット〔図7〕にも認められ、ともに、湾曲した羽の柔らかいイメージを特徴とする。一方、《コンポジションⅧ》〔図4〕、《強調された隅》〔図8〕、《白の上にⅡ》〔図9〕といった作品では、楔を連想させる硬直した三角形に変化している。筆者は、この特異なモティーフが、幾何学的な円の出自を考えるための有力な手がかりだと考える。すでに述べたように、ミュンヘン時代のカンディンスキーは、具象的なイメージを変形して抽象的な形態を得ていた。円に三角形が突き刺さった形態にもまた、そうした源流を指摘することができる。そのひとつとして挙げられるのが、ボートとオールであろう。カンディンスキーが描く典型的なボートは、半円の舟に3本のオールを放射状に配しているが、たとえば《緑色の縁取り》のための習作(1919年)やベルリン無審査展の壁画の構想〔図10〕が示すように、円に三角形が刺さったモティーフに次第に近づいていくのである。

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