― 562 ―壁画」のプロジェクトにおいて、実際の空間に移し替える試みをしていたことは興味深い〔図7、10〕。8枚のパネルで囲まれた室内に立つ観者は、《モスクワⅠ》の小さな人物のように全方位に広がる風景のただなかに立つのである。ミュンヘン時代のカンディンスキーは、絵画のサイズを大きくして複数の中心を設けることで、観者がその効果を次々と感受していく構成に取り組み、「この『どこかに』という在り方が、絵全体の内面の響きを規定している」と述べていた(注29)。ベルリンの壁画はこれを三次元に拡大したものだが、逆にこの後、視線とイメージを逆転させた構成に活路が見出されていく。つまり、観者の視線が動くのではなく、固定された観者の周囲をイメージが動く構成である。具体例を挙げるならば、《二つの楕円》(1919年)〔図14〕や《白の上にⅠ》(1920年)では、画面が緩やかに回転を始め、《赤い斑Ⅱ》(1921年)〔図15〕では、中心へと巻き込むような動きが顕著となっている。興味深いことに、1923年の水彩画〔図16〕の回転の中心には、円に三角形が刺さったモティーフがある。ここでは、このモティーフの形状が画面全体の回転と呼応し、終わりのない空間と運動によって、絵画のメディアとしての力を高めているように感じられる。そしてこのとき、円の内部の点は、明らかに力を造形化しているように見える。これは、円環的な構成の中心の造形と明らかに親和的な関係にあると言ってようだろう。おわりに以上のように、1910年代後半に顕著な回転運動の表現は、円に三角形が刺さったモティーフから画面全体の構成に至るまで、広範に採用されていたことがわかる。そして、形態の動性が顕わになるにつれ、図と地の分離が明確になっていくのも確認できる。たとえば、《青い円》(1922年)〔図17〕や《黒い形》(1923年)で空間を想起させるのは、地の上に漂うさまざまな帯状の形態や線である。ミュンヘン時代には主に色彩の明暗の効果を用いて「観念上の平面」を生み出していたカンディンスキーは、今やそれを、形態の効果による別の方法で実現するに至ったのである。『点と線から面へ』(1926年刊行)では、こうした変化に呼応するかのように、形態に関する記述が増し、かつて色彩に見出されていた運動が、形態に結び付けられていく。たとえば「線は、動く点の軌跡、つまり点の所産」(注30)と定義されているが、まさにこれは、《赤い斑Ⅱ》〔図14〕の上部の緑色の三角形の運動の軌跡や、《黒い格子》(1922年)〔図18〕の画面右から飛び込んでくる三角形の軌跡として視覚化されている。いわば形態は、具象的なイメージを抽象化して得られるのではなく、形象化された概
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