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― 571 ―薩像は、光背飛天像ほどの浮彫り表現は必要ないのである。鳳凰堂の彫刻群の立体感覚は、本尊の阿弥陀如来坐像を含めて、浮彫り的感覚で構成されると指摘されるが(注5)、中でも光背飛天像こそその感覚が強く発揮されているといえるのではないだろうか。光背飛天像は、同じ堂内を飾る飛天形である雲中供養菩薩像と、一見すると同じようであるが、異なる点が多いことがわかる。概して、光背飛天像は、雲の流れと体勢に明確に飛翔の方向性を示し、すべての像が飛翔感を高める表現で統一されているが、その分、動きは比較的抑えられている。一方雲中供養菩薩像は、飛翔の方向性が飛天像ほど明確ではなく、そのかわり体勢はより自由で、表現も多様である。また、光背飛天像は、より浮彫り的表現が強く、「レリーフの連続」とされる鳳凰堂の造形感覚をより強く表すといえる。もとより、光背と長押上小壁という安置場所の違い、漆箔、彩色という像表面の仕上げの違いが示すように、両者は同じ飛天形として似てはいるが、同一ではない性格がうかがえる。これについて、近年津田徹英氏は、鳳凰堂像の光背飛天像の坐法や足先を裙裾で包む表現に、雲中供養菩薩像と峻別する意識があることを見て取り、さらに平安後期の飛天光背を構成する飛天の姿については、その後光背飛天像ではなく雲中供養菩薩像に範が求められていくと指摘した(注6)。平安後期の飛天光背の展開について、重要な指摘が多い氏の論考を参照しながら、次には鳳凰堂飛天光背を軸に、平安後期の飛天光背の作例を具体的に見ていきたい。なお、飛天光背の大日化仏を中心とする密教的な問題や、飛天の性格については津田氏の論考で先行研究も含めて述べられているのでここでは扱わず、あくまで飛天の造形に注目し、主に形式や構造の面からその展開を見ていく。2、飛天光背の展開およそ平安後期までの飛天光背の主立った現存作例を、飛天光背を構成した飛天像の残欠も含め、坐法、立像の有無、構造の項目を設け一覧としたのが〔表2〕である。以下番号と作例は表に従う。上代の飛天光背飛天光背はもちろん定朝オリジナルではなく、それ以前にも作例が見られる点は注意される。現存作例に限るなら、以下の2件が挙げられる。

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