― 49 ―名」(以下、本稿では「有銘能面」と呼称する)がされた能面が多数現存している。名称の上で注意を引くのは、図版1の小面(33)に“環小面”の名称が付されたり、図版4の増女(16)が“宝増”と呼ばれたり、特殊な命名のものが多く見られることである。“宝増”は『假面譜』が“六作”としてあげる室町時代の作家・宝来の作である増女と考えての呼称であろうが、“環小面”や図版10の痩女を“労女”とするのは如何なる理由によるのであろうか。このような特定の能面を特殊扱いして権威付けるような傾向は、代々の将軍の過度なまでの能楽愛好の風を体して、それぞれに独自の風を打ち出そうとつとめた諸大名家の努力のあらわれともうけとれよう。この池田家の能面に、その典型的な例を見る思いがするのである(注11)。このように池田家旧蔵の能面に見られる「特定の能面を特殊扱いして権威付けるような傾向」とは、誰が、いつ、何のために行ったことなのであろうか。「御面控」2冊を読み解き、その意義について考えていきたい。本史料は能を愛好したことで知られる、第二代岡山藩主池田綱政の自筆の能楽史料と同箱に納められており、一冊には冒頭に「正徳4年6月27日改」とあることから、1714年の6月27日に改められたもので、268面の能面・狂言面が記されている〔図2〕(以後、「甲本」とする)。綱政は、ここに記された正徳4年の10月29日に没していることから、綱政の最晩年に池田家が所蔵していた能面がまとめられていると言えよう。もう一冊〔図3〕(以後、「乙本」とする)は改日未詳だが271面が記載されており、甲本と比して多少の異同はあるが、一件文書として伝えられているため、甲本・乙本ともにおおむね同時期に作成されたものと考えられる。この二冊の「御面控」の特徴は、まず能面・狂言面を、①「御召女面」、②「御召男面」、③「御次女面」、④「御次男面」、⑤「狂言面」の順に記していることである。つまり藩主が使用するもの、家来が使用するもの、そして通常藩主は演じることのない狂言面の順に記載されており、当時の価値観がうかがえる。女面の方が男面よりも優先されている点も、同様に興味深い。次に能面に関わる情報として、作者、誰から献上されたものか、本面がある場合はその名称や所蔵者、制作年月日、制作場所などが記載されている。つまりこの「御面控」に掲載された面と、現存する池田家旧蔵の能面とを照合すれば、それらの由緒が判明するのである。なおすべての能面を紹介することはできないため、ここでは下記の5面を紹介することにしたい。
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