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― 593 ―て、1時間半にわたり行われた。宮下教授の美術史特殊講義の受講者を始め、学内外から約130名の聴講者が集まり、教室は追加の椅子を出すほどの超満員の盛況ぶりであった。講演は英語で行われたが、宮下教授による全稿の邦訳が配布された。講演は、2012年にアート・ブレティン誌に発表された同題の論文の内容に基づき、ストーン教授の近年の主たる研究対象であるカラヴァッジョのマルタ島時代の傑作《洗礼者聖ヨハネの斬首》に記された画家の署名に関する新解釈を披露するものであった。その署名は、ヨハネの切られた首から流れ出た血によって「f(ra) MichelAn(gelo)」(ミケランジェロ兄弟)と記されている。従来の学説では、これはカラヴァッジョがローマで犯した殺人の罪を悔悟して記したもの、もしくは画家自身の死への執着を表明するもの、と見做されてきた。しかし、ストーン教授はそうした従来の学説を覆し、マルタ島におけるカラヴァッジョを取り巻く政治的な文脈と、機知や暗喩に富んだ文学・芸術上のコンチェッティズモ(奇想主義)との関連からこの署名を読み解き、それがマルタ島で聖ヨハネ騎士団に入会して得た誇りある地位と、それによりもたらされる(はずであった)新たな人生の旅立ち、そして芸術家の創造力そのものの誇示として意図された、と論じたのである。ストーン教授は、カラヴァッジョがなぜマルタに渡ったかについて、ヨーロッパでも傑出した歴史と格式を誇る聖ヨハネ騎士団に作品を制作して貢献し、名誉ある騎士号を得て殺人罪の恩赦を狙う、という政治的な戦略が働いたであろうことを特筆して指摘した。そしてその目的に鑑みて、大作《洗礼者聖ヨハネの斬首》に記された修道会の守護聖人の血で書かれた画家の名は、正式に騎士団に入会するためにカラヴァッジョに決定的に欠けていた血筋の正統性を、精神的な「家紋」として象徴するものであると解釈した。つまり、画家はヨハネの血で記された自らの名により、自らの血筋が貴族性ではなく信仰と奉仕、つまり芸術の優越性を通して、殉教した修道会の守護聖人洗礼者ヨハネから直接流れていると主張した、と考えたのである。それに続いてストーン教授は、絵筆で表現された血によって自らの名を描くこの署名に、殺人と芸術制作の比喩的類似性、または処刑の道具としての剣と絵画制作の道具の絵筆との類似性が含意されていることを指摘した。そしてそれを同時代のコンチェッティズモ(奇想主義)の詩人でカラヴァッジョの友人でもあったジャンバティスタ・マリーノの詩にも見られるメラヴィリア(驚異)の美学と関連づけ、深い説得力を持って論証した。本講演は、日本におけるカラヴァッジョ研究の第一人者である宮下規久朗教授の協力により実現したこともあり、現在のカラヴァッジョ研究を牽引する研究者による最

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