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― 608 ―を行った。この部会の趣旨は、題名通り、中国、日本など東アジアにおける観音信仰について、宗教学・歴史学・美術史学の立場から論ずるというものであったが、部会のもう一つの核は、ドロシー・ウォン博士が中心となって進めている、“The Digital Avalokiteśvara Project”であった。同プロジェクトでは、インドから日本にかけてのアジア全域における観世音菩薩の美術作品や文献史料のデータ、および関連する研究や分析を一大デジタル・アーカイヴへまとめあげることで、この菩薩への信仰がアジア全域へ広まる過程について理解を深めることを目指している。今回の部会はこのプロジェクトに関わる(或いは関心を持つ)研究者を中心に構成されており、特に東アジアにおける観音信仰の多様さに焦点をあてつつ、プロジェクトについて学界へ周知し、さらなる参加者やプロジェクトに関する建設的意見を募ることを目的としていた。発表時間は1人20分、質疑応答時間は10分であった。各発表の概要は以下の通りである。1人目の発表はコロンビア大学のチュンファン・ユー博士を予定していたが、諸事情によりキャンセルとなったため、次に発表する予定であった報告者が最初に発表を行った。報告者の発表は、“Tang Dynasty Thousand-Armed Avalokiteśvara Scenes Accompanied by Images of Monks”という題目で、四川省に残る8世紀後半の千手観音龕、邛峽石笋山摩崖の第3号龕について、この龕の図像が千手観音の主要経典である『千手経』に基づいた変相図形式を採っており、この形式が唐代の千手観音像に通例であること、並びに同龕の中に山中で禅定修行を行う僧の像が含まれており、このモチーフが当時千手観音信仰の中で重視されていたと思しい、陀羅尼の誦持と千手観音への信仰によって僧侶の修行階梯を特進するという信仰を図示している可能性について述べた。内容の一部については以前、2008年開催の密教図像学会において発表していたが、その後調査を進める中で石笋山以外でも僧形像をあらわす作例を発見したことや、南北朝から唐代にかけての諸作例において山中禅定像が一定の役割をもつサブ・モチーフとして表されていることを特定し得たため、これらの内容を盛り込み、上記発表の続編というかたちで発表を行った。次に、ケルン東アジア美術館学芸員のペトラ・ロッシュ博士が、“Confession- and Repentance- Rituals of the Bodhisattva Guanyin in China and Japan”という題目で、東大寺二月堂の伝十一面観音像光背に刻まれた図像について、同堂で今も行われている仏教儀礼、修二会を手がかりとしながら、光背の図像と8世紀の中国で行われていた観音悔過との関連性について発表された。3人目の発表者、ハイデルベルク人文科学アカデミーのクラウディア・ヴェンツェル博士は、“Buddha Guanshiyin in Polished Cliff Inscriptions in Shandong”という題

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