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― 611 ―フォーラムの1日目は中国社会科学院文学研究所にて行われた。非公開のフォーラムだったが、中国社会科学院に所属する研究員や大学院生など、約30名が参加した。まず、中国社会科学院文学研究所所長陸建徳氏と渥美国際交流財団常務理事今西淳子氏のあいさつがあり、中国社会科学院文学研究所研究員の趙京華氏の司会でフォーラムは進行した。東京芸術大学教授の佐藤道信氏が「近代の超克─東アジア美術史は可能か」と題して40分の口頭発表を行い、「東アジア美術史」の可能性について、現時点での課題と展望について口頭発表を行った。佐藤道信氏の発表要旨は次の通り:欧米の国立レベルの大規模な美術館では、中世ならばドイツやフランス、ルネサンスはイタリア、17世紀はオランダ、18~19世紀はフランスやイギリス美術を中心としながら、実質「ヨーロッパ美術史」を展示している。もちろんその中で自国美術史の比重は増えるが、基本的にどの国でも「ヨーロッパ美術史」が共有され、自国美術史はその一部という構成になっている。一方、東アジアでは、中国、台湾、韓国、日本、いずれの美術館でも、基本的に自国の美術史を展示している。そこには広域美術史を共有するヨーロッパと自国美術史を中心とする東アジアという違いが見られる。東アジアにおける「美術史」が、実際の歴史的な美術の交流と実態を反映しない、各国ごとの自国美術史として成立した背景には、19世紀の華夷秩序の崩壊と以降の東アジア世界の分裂、その中で各国がそれぞれバラバラに、自国の美術史を構築してきた経緯がある。したがって、実態を反映した「東アジア美術史」の構築は東アジアが近代を超克できるかどうかの、一つの重要な試金石となることが予想される。この佐藤道信氏の口頭発表に対して、中国社会科学院文学研究所研究員の董炳月氏がコメントを行った。次に、報告者(木田)が、「工芸家が夢見たアジア:〈東洋〉と〈日本〉のはざまで」と題し、40分の口頭発表を行った。本報告者の発表要旨は次の通り:20世紀前半、多くの日本の工芸家が工芸の新たな源泉を求め、海を越えて中国大陸へと渡った。古来、日本工芸家にとって、アジアは工芸の源流として憧れの地だったが、いちはやく近代化を成し遂げた20世紀前半の日本人のまなざしにおいては、アジアは近代化が進む日本では次第に失われつつあった前近代的な生活風俗の記憶をとどめる郷愁の地でもあった。20世紀初頭には、中国大陸各地で墳墓や遺跡の発掘が行われ、出土した遺物が流通するようになる。そして、欧米や日本で中国の古陶磁や青銅器のコレクション形成が行われるようになる。こうした動きに対応するように、1920-30年代の日本では、広く東アジアの源泉に根差した、

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