― 612 ―新古典的な作品を制作する工芸家があらわれる。アジアにおいては、陶磁器や青銅器や漆器などの賞玩してきた価値観が含まれているといえそうだ。さらに、日本の昭和初期の新古典的な工芸作品からは、西欧近代をモデルとする欧化主義にあらがい、東洋の工芸文化の正統的な担い手としての役割を担おうとしたかつての工芸家の姿が浮かび上がってくる。この報告者の口頭発表に対して、中国社会科学院文学研究所研究員の李兆忠氏がコメントを行った。その後、会場に集まった研究者から活発な質疑応答が行われ、閉会のあいさつを、中国社会科学院文学研究所研究員の趙京華氏が行った。11月23日(2日目)フォーラム2日目のプログラムは、清華大学学内の甲所と呼ばれる会館施設にて行われた。まず中国社会科学院日本研究所所長の李薇氏と渥美国際交流財団常務理事の今西淳子氏が挨拶を行い、清華大学中国語言文学教授の王中忱氏の司会でフォーラムは進行した。東京芸術大学教授の佐藤道信氏が「脱亜入欧のハイブリッド:<日本画><西洋画>、過去・現在」と題して40分の口頭発表を行った。佐藤道信氏の発表要旨は次のとおり:近代日本の美術は、基本的に西洋化を進めながら、実際には日本・西洋・東洋、過去と現在を編み合わせた、ハイブリッドのあり方がめざされた。そのため、全体としては雑然とも見えるその複合性が、国際性やローカリティ、歴史性や現在性を役割分担的に表象する多機能の柔構造として機能した。そうした要因のいずれに対しても、近代日本美術の中のどこか、あるいは何かが対応しているシステムになっている。ただ、近代日本美術が西洋美術を移植する際、人間像中心の西洋美術に対応するため、肖像画や歴史画、裸体画といった西洋風のリアリズムによる人間像の喪失が図られたが、しかし同時に西洋美術の中心ソフトであるキリスト教は周到に削除された。この佐藤道信氏の発表に対して、東京大学総合文化研究科准教授の林少陽氏がコメントを行った。その後、報告者が、「近代日本における〈工芸〉ジャンルの成立:工芸家がめざしたもの」と題して、40分の口頭発表を行った。本報告者(木田)の発表要旨は次のとおり:近代の日本において、造形芸術の一分野として「工芸」というジャンルが確立されたのは、1890年頃だった。1889年から翌年
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