― 619 ―きた。さらに、3月初、本調査の期限切になって、ヴァチカン民族博物館担当者から突然の依頼があり、最近に再発見された「豊後キリシタン資料(マレガ文書)」らしきものが別途、発見、ということで、延長調査として閲覧に赴いた。マレガ文書に間違いないと考えられ、予想外の関連資料をぎりぎりで加えることができたのは幸運であった。ヴァチカンやイエズス会の文書館、図書館には莫大な資料が保存され、すでに先学の松田毅一氏が五十年前に指摘されているように、広い目録室は前世紀初からの収蔵目録で満たされ、しかも手書きの目録が唯一の手引きであることも珍しくない。様々な地域の数世紀間もの文書類は異なる言語が入り混じっているのである。日本語文献が中国や他の東洋地域の文献と混同されて収蔵されたりもするし、または、文献の詳細が不明のまま収蔵庫に眠っているなども当然ある。筆者も、手引きを頼りにしながら、資料請求の際に、収蔵番号が明確でなかったり、新旧収蔵番号との照合などに時間がかかって漸く、閲覧にこぎつけることもあった。たが、担当者と力を合わせて一点一点を確認、照合する共同作業は、ささやかながら、お互いに喜びを共有できた。日本語で書かれた研究書、特に専門書はイタリア内の図書館にはまず蔵書されていない。筆者は、必要に応じて、日本の国会図書館の複写サービスを度々利用した。ところが、イエズス会図書館で昨年、偶然の、資料番号の違いが原因で「大日本史料10~11~12編」と「大日本古文書」が五十冊以上も蔵書されていることがわかったのである。明治末期から昭和十年までの刊行書に限られ、近年の補充はないものの、これだけまとまった蔵書に驚かされ、イエズス会士の先見に敬服しながら嬉しかった。早速、図書館員と共同で、収蔵カードなどの作成をし、担当者も喜んだ。今後、研究者に利用されるであろう。各所の担当者は、それぞれ努力されて徐々に整理がすすめられている。だが、完了するまでには時間が必要であろう。①「関連文献」調査の資料について伊達書状に添えた教皇パオロ五世への贈呈品については、歴史資料により、知られていたのであるが、遺品の発見がなかった。拙稿(「花鳥葡萄蒔絵螺鈿洋櫃─慶長遣欧使節の遺品」国華誌1415号掲載論文2013年9月発行)の南蛮洋櫃が初出である。記録の伴う基準作がごく稀少であることなどから当遺品は、未解明の南蛮漆器の発生や変遷史にとって重要な基準作である。現在、書状は、ヴァチカン図書館手稿部に所蔵され、贈呈品の遺品である南蛮洋櫃
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