― 623 ―実地調査には困難を伴う。このような環境の中において、南蛮蒔絵洋櫃〔図1、4〕と書箪笥〔図2、3〕を見せてもらい、数枚の写真も撮影させてもらった。イタリアの個人蔵遺品や日本の逆輸入品とは異なる南蛮漆器遺品のおかれている環境は、おそらくスペインでしか実感できないであろう。数世紀間も修道女に大切に守られ、現在も聖具を収納するなどに使われている遺品は、伝世時間の実感とともに、作品と直接に対峙することでしか得られない大きな感動を、一研究者として覚えた。ヨーロッパに渡った後、多種に利用されている南蛮漆器を理解することも「南蛮漆器考」をまとめる際に役立つであろう。セビリア・サンタ・マリア・デ・へスス女子修道院長の依頼のため、同修道院蔵の南蛮漆器二遺品について、イタリア語で報告書を作成した。セビリア・サンタ・マリア・デ・へスス女子修道院蔵の二遺品は、いずれも形、意匠、技法など、典型的な南蛮漆器様式を有す。残念ながら、寄贈者や由来などについての記録の有無などは不明のようだ。以下に特徴を記す。「花樹蒔絵螺鈿洋櫃」 高さ 約22センチ 幅 約40センチ 奥行 約16.5センチ(概寸)蒲鉾型の蓋をもつ、やや小振の中型の洋櫃で、左右側面に杷手がつき、錠、蝶番、角金具などの金具類がつく。各面の縁を南蛮唐草で囲み、花をつけた長い枝を画面一杯に伸ばす椿樹(正面)、側面の芍薬などの意匠で、土坡は見せないで、大きくゆったりと描かれる。背面は、珍しい瓢箪の唐草文が画面を覆う。蒔絵技法は、金平蒔絵に銀梨地で、金平蒔絵には、引っかき(針描)、付描、描割技法が加えられている。蓋裏は、金平蒔絵のみで、流水に紅葉を描いている。螺鈿は、模様に揃えた貝片が大半であるが、一部に不定形の螺鈿も散らされている。いずれも南蛮蒔絵の典型的な技法を用いている。金具類は、おそらく銀含有率の大きい、やや厚めの板で、現在は酸化してほぼ真っ黒に見えるが、金色や線彫の意匠が残る箇所も認められる。本来は彫金で意匠された鍍金製の金具類であることがわかる。「花鳥蒔絵螺鈿書箪笥」 高さ 59センチ 幅 86センチ 奥行 43センチ左右両側面に杷手がつき、正面扉が前倒しに開いて書机となる。この形は、バルゲーニョ(Bargueño)と呼ばれるスペイン家具が原型らしいが、南蛮漆器として人気があったようで、洋櫃とともに最も多く輸出された形の家具である。前倒しに正面扉を開くと、目の覚めるような金色、蒔絵の装飾で、蓋裏には、土坡から伸びる橘の枝間に一対の飛鳥、その右方に秋草の群が描かれる。扉の奥には、大小17個の抽斗が、石畳文を螺鈿で意匠した桟の間に収められている。中央、やや上方に、左右の柱の間にアー
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