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― 56 ―⑥ エドワード・ホッパー作《青の宵》に関する一考察─浮世絵との関連を中心に─研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  山 田 隆 行序本調査研究ではエドワード・ホッパー(Edward Hopper, 1882-1967)の《青の宵》(1914年)〔図1〕と浮世絵との関連を軸に作家が中国や日本を含めたオリエントに視覚的な関心を寄せ、自身の絵画に反映させた点について考察する。日本の提灯が風に揺れるカフェの情景を描いた《青の宵》では、白い丸テーブルが一列に並び、右から夜会服に身を包む男女、道化、背を向ける兵士、ベレー帽の男、そして労働者風の女衒が座る。彼らの後ろには濃い化粧をした娼婦が立っており(注1)、その隣には画面を縦断する柱がベレー帽の男を分断するように配置される。奥に広がる夜空と山稜は平坦に塗られた青のグラデーションで表現されている。制作の翌年に開催された絵画展に出品された《青の宵》は(注2)、当時の新聞から作家の「野心的な幻想」であると指摘され、同作品で「作家は完全に成功しているとは言えない」と否定的な評価を受けた(注3)。そのためか《青の宵》は画家の生前二度と公の場に登場することはなく、画家の言説も含めて作品の一次資料はほとんど何も確認されていない(注4)。《青の宵》が再び公の場に登場したのは1980年の回顧展である(注5)。以後ゲイル・レヴィンを始めとする研究者らによってエドガー・ドガの作例を中心とするフランス美術の影響や、ホッパーが実際に訪れたパリの記憶との関連が論じられてきたが(注6)、これに対して近年カーター・E・フォスターが《青の宵》に浮世絵からの影響を示唆した(注7)。カーターが述べるように《青の宵》の提灯や平坦に塗られる背景の青はどちらも浮世絵との視覚的な関連を物語る。だが、作家が浮世絵に関心を持っていたのか、その関心がどのように作品に反映しているのかという点が十分に論じられていない。そこで本研究ではホッパーの妻ジョゼフィンがその死に際して数千点に及ぶ夫の絵画資料を寄贈したホイットニー美術館のアーカイブで作家の生前未発表であったドローイングやスケッチを調査した。当時の新聞や雑誌、展覧会カタログも合わせて調査することで、作家が日本やアジアを含めた非西洋文化に視覚的な興味を抱いていたこと、そして《青の宵》の特徴的なモチーフや構図に浮世絵との類似性がある点を考察していく。

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