― 57 ―1ホイットニー美術館のアーカイブでは作家の中近東、アジアへの関心を伝えるドローイングが確認できる。《[駱駝と騎手のいる異国の風景]》(制作年不明)〔図2〕においてターバンを頭に巻いた男性が駱駝の背で手綱をひく姿や、《[異国の服を着て立つ人]》(制作年不明)〔図3〕において裾の広い民族衣装を履く人物はどちらも当地の特徴的な服装をした人物や動物を描いたものである(注8)。ホッパーは中近東を訪れたことがないが、その所有物のなかにはアメリカ人画家C・K・リンソンによるオリエントの民族衣装を纏った男のドローイングが残されており(注9)、彼が同時代の作家たちと異国への興味を共有し、実際描くことでその関心を深めていたことがうかがえる。一方で《[自転車をこぐ男、インディアン、オリエントの男]》(制作年不明)〔図4〕、《[中国の戦争]》(制作年不明)〔図5〕はどちらもアジア人をモチーフの一つとしている。前者では画面左下の鍔の広い帽子を被った男をその細い眼を強調するように描き、後者では義和団事件を機に加速する欧米諸国の進出を弁髪姿の男達が西洋の兵士達に突撃する姿で表現している(注10)。このような身体的特徴が誇張されるアジア人の風貌は当時のアメリカ社会で類型化していたものであった。実際に『ハーパーズ・ウィークリー』誌に掲載された挿絵画家ロジャースによる義和団事件を描いた表紙絵には、銃剣の先に生首を掲げた弁髪姿の中国人が西洋人に立ち向かっていく様子が描かれている(1900年)〔図6〕(注11)。アメリカン・シーンを描いた作家としてホッパーは広く知られているが、その画業の初期には非西洋諸国に対しても広く関心を寄せ、自らの美術的実践に反映させていたことがわかる。2日本人を描いたドローイングは確認できないものの、ホッパーが浮世絵の表現性に関心を抱いていたことはその言説に表れている。アメリカ人画家チャールズ・バーチフィールドの描く「説得力のある確固とした現実世界」に「純粋な感情」の表出を見て取ったホッパーは、それを可能とする作家の「表現の簡潔なまとまり」を「広重や北斎も恥じることはない」表現である、と浮世絵を比較対象に論じている(注12)。また、友人の画家ラファエル・ソイヤーとの会話の中でも、浮世絵は「非常に形式化された美術でありますが、広重の美術はもっと現実的です。彼は西洋美術に影響を受けていたと私は思うのです」と答えている(注13)。ホッパー自身もまた目の前の対象を誇張することなく、可能な限り「簡潔に」描くことを通して「常に可能な限り正
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