― 73 ―表 史料に見る薬師信仰(9世紀まで)和暦西暦月日天皇事項目的典拠推古15607―推古法隆寺金堂薬師如来像造立 *7世紀後半にくだるか病気平癒―天武968011.12天武天武天皇、皇后不予の為、薬師寺建立を発願病気平癒日本書紀天武13684―天武蘇我倉山田石川麻呂追善の為、山田寺薬師三尊開眼追善供養上宮聖徳法王帝説裏書朱鳥168605.24天武天武天皇不予の為、川原寺にて薬師経を講説病気平癒日本書紀―――天武天武天皇により、[下野]薬師寺が建立される―続日本後紀持統368907.01持統金銅薬師仏像、観世音菩薩像、幡などを沙門自得へ賜う―日本書紀和銅4711―持統この頃、法隆寺再建期に金堂壁画が描かれる(薬師浄土図)――養老472008.02元正藤原不比等病の為、48ヶ寺にて薬師経を転読病気平癒続日本紀神亀3726―元正元明太上天皇不予の為、元正天皇が興福寺東金堂に薬師三尊(丈六)十二神将(2尺)を造立病気平癒七大寺巡礼私記天平3731―聖武『薬師如来本願経』(隋大業12年〔616〕達摩笈多訳)初出―大日本古文書天平3731―聖武片縣連僧麻呂追善の為、薬師・弥勒菩薩合1鋪(7躯)を図写追善供養法華経玄賛巻三奥書天平5733―聖武『薬師瑠璃光如来本願功徳経』(唐永徽元年〔650〕玄奘訳)初出―大日本古文書天平14742―聖武『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』(唐神龍3年〔707〕義浄訳)初出―大日本古文書天平1674412.04聖武天下諸国にて薬師悔過(7日間)―続日本紀・類聚国史天平1774509.19聖武聖武天皇不予の為、京師畿内・名山浄処にて薬師悔過病気平癒続日本紀・類聚国史天平1774509.20聖武聖武天皇不予の為、京師および諸国にて薬師像7躯(6尺3寸)を造像、薬師経7巻を写経病気平癒続日本紀天平19747―聖武聖武天皇不予の為、新薬師寺建立、七仏薬師像を造像病気平癒続日本紀天平勝宝275004.04孝謙薬師経に帰して行道懺悔―続日本紀天平勝宝375110.23孝謙聖武太上天皇不予の為、新薬師寺にて続命法を修し、大赦を行う(7日間)病気平癒続日本紀天平勝宝675411.08孝謙聖武・光明不予の為、薬師を供養(続命法、17日間)病気平癒続日本紀天平勝宝6754―孝謙白栴檀千手像1軀、薬師・阿弥陀・弥勒菩薩の瑞像各1軀、鑑真によって請来―唐大和上東征伝宝亀1770―光仁この頃、興福院建立、七仏薬師造立(藤原広嗣の追善供養か)追善供養護国寺本諸寺縁起集宝亀377205.―光仁藤原永手の一周忌、追善のため不空羂索観音と薬師三尊の檀龕仏を興福寺東院後堂に安置追善供養興福寺流記(延暦記)宝亀477312.25光仁薬師経に基づき行道、放生会・大赦を行う―続日本紀宝亀11780―光仁この頃、秋篠寺建立(開基:善珠)、薬師仏を本尊とするか―大日本古文書延暦1782―桓武この頃、檀像薬師仏像1軀(長5尺5寸)(承平元年(931)『神護寺承平実録帳』による)―神護寺承平実録帳延暦3784―桓武この頃、乙訓社に霊験薬師仏檀像1軀(居高3尺)(寛平2年(890)『広隆寺資財交替実録帳』による)―広隆寺資財交替実録帳延暦7788―桓武この頃、最澄、延暦寺にて薬師如来像を造立―叡岳要記延暦1279301.14桓武宮中にて薬師経を転読ず―類聚国史延暦1579610.27桓武17日より宮中にて行っていた薬師悔過が終わる―日本後紀・類聚国史延暦15796―桓武東寺金堂に薬師如来像(丈六、光背に3尺の七仏薬師あり)を造立東宝記延暦22803閏10.23桓武最澄、大宰府竈門山寺にて檀像薬師仏4躯(6尺余)造立(善名称吉祥王如来)渡海成就叡山大師伝・叡岳要記延暦23804―桓武この頃、空海、善通寺・曼荼羅寺に白檀薬師如来像を造立か渡海成就日本高僧伝要文抄延暦2480502.19桓武桓武天皇不予の為、国分寺にて薬師悔過を修す病気平癒日本後紀・類聚国史大同180602.23桓武桓武天皇不予の為、五百井女王、薬師仏像・法華経を図写させる病気平癒日本後紀・類聚国史大同480907.01平城平城天皇不予の為、小安殿にて七仏薬師法を修す病気平癒類聚国史大同581008.16嵯峨平城天皇不予の為、薬師法を修す(7日間)病気平癒類聚国史弘仁6815―嵯峨これ以前、唐招提寺金堂薬師如来立像造立―納入品弘仁1482303.08嵯峨防疫の為、東大寺にて薬師法を行う攘災増益類聚国史天長482701.05淳和東寺・西寺にて薬師悔過を修す(17日間)―類聚国史天長4827―淳和淳和天皇、空海に命じて、橘寺にて薬師三尊像を発願―性霊集6天長1083306.08仁明防疫・攘災の為、昼は金剛般若経を転じ、夜は薬師悔過を修す(3日間)攘災増益続日本後紀・類聚国史承和183404.06仁明攘災・増益の為、国分寺にて昼は金剛般若経を転じ、夜は薬師悔過を修す(3日間)攘災増益続日本後紀・類聚国史承和483704.25仁明攘災・増益の為、20ヶ寺にて昼は大般若経を転読、夜は薬師悔過を修す(3日間)攘災増益続日本後紀承和483706.21仁明防疫の為、国分寺にて昼は金剛般若経を転じ、夜は薬師悔過を修す(7月8日より3日間)攘災増益続日本後紀・類聚国史承和483707.03仁明常寧殿にて昼は転読、夜は(薬師)悔過を修す―続日本後紀承和683903.03仁明遣唐大使藤原常嗣、帰国時に妙見菩薩10躯・薬師仏1躯・観音菩薩1躯を描くと発願渡海成就入唐求法巡礼行記承和784006.13仁明護国安民の為、五畿内にて昼は大般若経を転じ、夜は薬師悔過を修す(7日間)鎮護国家続日本後紀承和884101.04仁明清涼殿にて昼は薬師経を転じ、夜は(薬師)悔過を修す―続日本後紀・類聚国史承和984203.15仁明防疫・増益の為、国分寺にて昼は金剛般若経を転じ、夜は薬師悔過を修す(3日間)攘災増益続日本後紀承和1084305.08仁明清涼殿にて薬師経を転じ、常寧殿にて薬師法を修し、大極殿にて大般若経を転ず(3日間)―続日本後紀・類聚国史嘉祥284910.10仁明薬師寺僧ら、薬師経30巻を繕写す―続日本後紀嘉祥385003.19仁明円仁、仁明天皇不予の為、清涼殿にて七仏薬師像の画像を懸ける病気平癒続日本後紀・阿娑縛抄貞観1859―清和天台座主惟首、薬師如来像を発願(延暦寺根本中堂安置)―叡岳要記貞観1859―清和これ以前、天台座主惟首、七仏薬師如来像を発願(延暦寺根本中堂安置)―叡岳要記貞観486212.―清和岩手・黒石寺薬師如来坐像(光背に七仏あり)、造立―像内墨書銘貞観7865―清和平子内親王、藤原貞子の周忌法要の為、薬師如来像(丈六)および脇侍像を発願追善供養菅家文草11貞観10868―清和延暦寺別当伴国道および天台座主安恵、薬師如来像を発願(延暦寺根本中堂安置)―叡岳要記貞観1787512.13清和攘災の為、名神・国分二寺・定額寺にて昼は金剛般若経を転じ、夜は薬師観音号を念ず(3日間)攘災増益日本三代実録元慶588110.03陽成相模国国分寺に丈六金色薬師像(元慶3年以前)鎮護国家日本三代実録
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