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― 77 ―も全く同じ箇所に、同一の筆跡、同じ文言での書き込みが発見された(注6)。これにより、この文言は使用者ではなく出版元で入れられたとの推測が成り立つ(注7)。よってカウプを編纂者とするのは妥当であろう。序文には本書が編まれた目的として、貧しいために薬局で薬を買えない人々が、庭や野原で自ら薬草を摘んで薬として用いることができるよう、地元で採取できる薬草を中心に本書を編んだと記されている(注8)。実際に『ラテン語本草』を手に取ってみると、本書が実用性を重視して製作されたことが実感できる。例えば、上述の通りさほど大きくないため、片手でも容易にページを繰ることができる。また、植物がほぼアルファベット順に掲載されている点は中世からの伝統に倣っているが、冒頭の目次に各章が整然と列挙されており、非常に見やすくなっている。挿絵入りの第一部もフォーマットが統一されている。各章がフォリオの表裏2ページで完結しており、表フォリオに章番号、挿絵、植物のラテン語名とドイツ語名が大きめのフォントで印刷され、本文がその後に始まり、裏フォリオにまで続いている〔図1、2〕。全体として、本書は使いやすさを意識した明瞭な構成が特徴となっている。2.『ラテン語本草』の挿絵続いて、『ラテン語本草』の挿絵を見ていく。まず際立った特徴として挙げられるのは、イラスト的ともいえる簡潔明瞭な描写である〔図1-6〕。木版の黒い線が植物の輪郭をくっきりと捉え、無駄な線や陰影はほとんどなく、立体感の暗示は最低限に留められているため、しばしば押し花のような印象を与える。過去の研究では、その優美で装飾的な様式が本書の人気に一役買ったであろうといった評があるが、芸術的評価は概して高くない(注9)。しかしながら、一見稚拙ともいえるこのイラスト的な様式は、画家個人の技量の問題というより、本書の製作方針に沿ったものである可能性がある。というのも、全150の木版挿絵は明らかに複数の画家の手によるにも拘わらず、上述の様式で統一されているのである。挿絵の均質さゆえ、何名の画家が下絵を提供したのかを把握するのは困難であるが、ハッチングの描き方などに複数の特徴が見られる。例えば、葉の片側、あるいは茎や根に斜めに繊細なハッチングを入れた絵〔図1〕や、もはやハッチングとは呼べないような太い平行線を茎に引いた絵〔図2〕などが認められる。とはいえ挿絵全体としては、個々の特徴は決して目立たず、統一的な印象を与えている。挿絵の均質性やイラスト的な様式が木版というメディアに起因する訳ではないことは、後述する『健康の庭』の挿絵群の多種多様な表現様式を見れば明らかである。また、挿絵に充てられたページ上のスペースが全てのペ

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