― 79 ―290╳205mmと、『ラテン語本草』よりも一回り以上大きい(注15)。さらに、全フォリオ数は360、挿絵版画は381枚(そのうち3種6枚は2回印刷されている)と、それぞれ『ラテン語本草』の倍以上を有する。かさばり、それなりの重さもある『健康の庭』は、決して扱いやすい本ではない。本書はページ大の口絵で始まる(fol. 1v)〔図8〕。13名の学者たちの会話の様子が描かれており、画面上部には無地の盾が描かれている。序文(ff. 2r-3r)の後に、本書の要となる第二部、全435章にわたる薬草の解説が続く(ff. 4r-338v)。このうち木版挿絵が入れられているのは379の章である。第三部は薬草の効能別の索引(ff. 339r-340v)で、続いて医師と女性が描かれた挿絵の後に尿診断に関する第四部が始まる(ff. 341r-344r)。第五部は、第二部の薬草の効能別索引(第三部と内容は異なる)と章順の目次となっている(ff. 344v-357r)。テキスト最後尾の下に印刷された奥付には、1485年3月28日にマインツで印刷されたことが記されており、その下にシェーファーの印刷者標章が入れられている(注16)。本書の出版には印刷業者であるシェーファーのほか、匿名の企画者(出版者)と編纂者が関わっているが、序文で語られている内容から、前者を貴族でマインツ大聖堂参事会員でもあったベルンハルト・フォン・ブライデンバッハ(Bernhard von Breydenbach)、そして第76章にその名が登場することから、後者は『ラテン語本草』の編纂に当たったカウプと特定しうる(注17)。なぜ、医療や薬事に従事していないブライデンバッハが本草の編纂を企画したのであろうか。彼自らが執筆したと思われる序文には、神が無力な人間のために創造した種々の薬草の効能を正しい色と形であらわした本を編纂することこそが、この世の善に貢献する業であるとの考えに至ったと述べられている(注18)。ここで興味を引くのは、彼が「正しい色と形」(“in iren rechten farben und gestalt”)というフレーズを複数回用い、写実的な絵の必要性を強調していることである。さらに注目すべきことに、本書の編纂中に彼はエルサレムへの巡礼に赴くことになるのだが、その機会を利用し、ドイツ国内にはない薬草を正しい色と形で記録させるために有能な画家(“einen maler von vernunfft und hant subtiel und behende”)を連れて行ったと述べているのである。実際ブライデンバッハは、1483年4月から翌年初旬まで聖地巡礼の旅に出るのだが、その際ユトレヒト出身の画家エルハルト・ロイヴィッヒ(Erhard Reuwich von Utrecht)を同伴させている。彼のこの時の体験は『聖地巡礼』(Peregrinatio in terram sanctam)として、ロイヴィッヒの挿絵入りで出版されている(注19)。この序文が正しいとするならば、本書の挿絵は実物に忠実に描かれており、またドイツ国外の植物
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