― 81 ―的な参照が推察される〔図13、14〕。このように『健康の庭』の挿絵は、序文で述べられているほど「正しい形」で描かれているとは言い難いが、色彩の方はどうであろうか。筆者がこれまでに確認した7部のコピーは全て彩色されており、基本的にはそれぞれの植物にふさわしい色で塗られているが、各コピーで使用している絵具の色味が微妙に異なっていたり、色の塗り方に異なる特徴を示すことが確認された。例えば、グーテンベルク博物館所蔵本は丁寧で繊細な色彩表現がなされているが、バイエルン州立図書館所蔵本は、葉脈を黒く太い線でぞんざいになぞる傾向がある、といった具合である。『ラテン語本草』ほど色彩の統一が図られなかったのは明らかで、出版元ではなく小売業者が彩色したケースもあると考えられる。色彩も序文で述べられているほど正確ではなかったようである。5.2冊の本草の製作意図と挿絵の役割以上の分析から、『ラテン語本草』と『健康の庭』は、同じ出版元から一年違いで出版され、同一人物が編纂者として関わったにも拘らず、全く異なる性質を有した本草であることが確認できた。そこで両者の違いを理解するために、それぞれの製作意図や読者層、そして挿絵の役割を検討する。『ラテン語本草』はまず第一に、実用を重視したコンパクトな辞典であった。上述の通り、序文によれば本書は「貧しい人」が想定読者層となっているが、無論、本を購入でき、なおかつラテン語も読める人間が対象となる。実際、初期の持ち主や使用者が分かったものについては、修道院や聖職者の所有が目立つ(注25)。修道院が薬草の栽培を行い、医師が聖職者も兼ねて信徒の心身の治療を行っていた場合も多かったことを考えると、納得のいく所蔵先である(注26)。では、医療や薬草の扱いに携わっていた人間が使用したであろう本書における挿絵の役割とは一体何であろう。簡潔な植物描写は、全くの素人がそれを参照して野原や庭で該当の薬草を探すのには適しているとは言い難いが、それぞれの植物の特徴を捉えたこの挿絵は、ある程度薬草を見知っている人には分かりやすいうえ、各章の冒頭に入れられていることで、しおりとしての、あるいは本文内容の記憶を促す機能があったと考えられる(注27)。一方『健康の庭』は、その大きさと質、挿絵の枚数からすると、『ラテン語本草』を遥かに凌ぐ販売価格であったに違いない。また、使用言語がドイツ語で、挿絵もふんだんであることから、どちらかといえば素人向けで、例えばブライデンバッハ自身
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