鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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⑨スルバラン作ラス・クエバス三部作─聖具室装飾の背景と動機の解明─研 究 者: 早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  坂 本 龍 太はじめに17世紀スペインの画家、フランシスコ・デ・スルバランはセビーリャ、ラス・クエバスのカルトゥジア会のために三点の絵画(以下ラス・クエバス三部作と表記)《食堂の聖ウーゴ》、《聖ブルーノと教皇ウルバヌス2世》、《ラス・クエバスの聖母》〔図1-3〕を制作した。これらの絵画は1655年に聖具室の壁面装飾として描かれ、同時に制作されたペドロ・ロルダンによる化粧漆喰の額にはめ込まれた〔図4、5〕(注1)。《食堂の聖ウーゴ》および《聖ブルーノと教皇ウルバヌス2世》は、カルトゥジア会創設者聖ブルーノの生涯の出来事を主題とし、一方の《ラス・クエバスの聖母》にはマントを広げた聖母が信徒を護る、中世より伝統的な「慈悲の聖母(ミゼリコルディア)」の図像表現が用いられている。各作品はそれぞれ、修道会の重要な美徳である「禁欲」、「沈黙(あるいは孤独)」、「聖母への信心」を示す。契約書などの同時代資料の不在から、これまでのラス・クエバス三部作研究では制作年代が長く議論の争点であった。しかし、現在では18世紀に作成された修道院の年代記が伝える1655年という制作年が広く受け入れられ、解決に至っている(注2)。他方、長年制作年代の特定が重要な問題であったため、作品解釈に関しては大きな進展がなく、未だ本格的な研究はなされてきていない。また、とりわけ重要な問題である、修道会の美徳がラス・クエバス三部作に示された動機も依然として明確にされていない。本課題ではこの点を明らかにすべく、当時のカルトゥジア会の状況に調査を進めた。1.ラス・クエバスのカルトゥジア会カルトゥジア会は、11世紀にケルンの聖ブルーノによって始められた隠修生活に端を発する観想修道会である。市街地から離れた僻地に隠遁し、肉食の禁止や沈黙といった修道会規則を厳格に遵守する謹厳な修道実践で知られる。サンタ・マリア・デ・ラス・クエバスのカルトゥジア会は、セビーリャ西部、グアダルキビル川の河畔に位置する。川を隔ててはいるものの、カルトゥジア会としては珍しく都市に近接する。この立地は修道院に有利に働き、カルトゥジア会士の規律を― 90 ―

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