鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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1-1.修道院長ブラス・ドミンゲスによる聖具室装飾2-1.《食堂の聖ウーゴ》遵守する峻厳な態度に魅せられた、多くの宗教家や有力者たちの崇敬を集めた(注3)。そして16、17世紀、セビーリャが新大陸交易の好況に沸くと、ラス・クエバスのカルトゥジア会は聖職者はもちろん商人や貴族による多くの寄付を集め(注4)、スペインを代表する大修道院となった(注5)。スルバランに絵画制作を依頼したのはブラス・ドミンゲス修道院長で、1655年は彼の二期目の修道院長の任期(1652-1657)に当たる。ドミンゲスは修道院の財産運用に積極的で、聖具室の他にも聖体顕示台の装飾や修道院の改修、土地の購入なども行っている(注6)。修道院長職の一期目(1644-1648)と二期目の間に、ドミンゲスが1654年にカルトゥジア会本部グランド・シャルトルーズを訪問していることは重要で、この時ドミンゲスはグランド・シャルトルーズの回廊に飾られていたル・シュールによる聖ブルーノの生涯連作を目にしたであろう(注7)。同連作は1646年から48年の間に制作されたもので、これを目にしていながらも、ドミンゲスは聖ブルーノ伝ではなく、修道会の重要な美徳「禁欲」、「沈黙」、「聖母への信心」を示す三部作を構想したのである。2.ラス・クエバス三部作ブラス・ドミンゲスがラス・クエバス三部作の主題を決定するうえで、16世紀にバレンシアのカルトゥジア会士フアン・デ・マダリアーガが執筆した聖ブルーノ伝、『カルトゥジア会の創始者聖ブルーノの生涯』を参考にしたことは間違いない(注8)。同書はこの時期最も広く流布した、スペイン語で執筆された聖ブルーノ伝である。また、聖ブルーノ伝のみならず、後半ではカルトゥジア会の規律についての伝説や解説も扱っており、作品に反映されたカルトゥジア会の精神性を理解する上でも有用な資料といえる。本作は聖ブルーノの生涯における奇跡の場面を主題としている。マダリアーガの著作によれば、聖ブルーノは司教聖ウーゴから肉を送られるが、四旬節の前とはいえ、肉を食べるべきか、それとも断食するべきか決め兼ね、仲間たちと討論する。そのうちに奇跡により眠りについてしまう。その後、司教が再び彼らの下に来ると同時に彼らは目覚め、食卓の肉は灰に代わったという物語である(注9)。この場面は、カル― 91 ―

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