以上の記述にみられる外界を忌避し、他者との交感を拒む聖ブルーノの様子は、カルトゥジア会の美徳である「沈黙」あるいは「孤独」を感じさせる(注12)。このため、この場面が選択されたのであろう。とはいえ、先の二作品に比べ、美徳を伝える表現としてはやや回りくどく、わかりにくい。主題選択の動機にはまだ一考の余地がある。以上の三絵画が聖具室装飾のために制作された。装飾テーマに明確な規則や決まり事がない聖具室において、その修道会に纏わる聖人は、比較的好まれた主題である(注13)。しかし、ラス・クエバス三部作のように、聖人伝の幾つかの場面のみを限定的に切り抜いて用いた装飾プログラムは珍しい。それも一点には、聖ブルーノが登場していない。また、修道会の美徳を示す三部作の絵画による装飾プログラムも、他の聖具室装飾に類例がない。それでは、ドミンゲスがこのような聖具室装飾を構想したのはどのような事情があったためであろうか。当時の周囲の状況にこの問題を解決する手掛かりを探りたい。制作年の特定に重点を置いていたこれまでの研究が十分に踏み込めなかったこの未知なる領域は、作品解釈においても新たな示唆をもたらすであろう。3.聖具室装飾がなされた状況3-1.1650年代セビーリャとラス・クエバスのカルトゥジア会1640年代後半は、セビーリャ社会にとって混沌とした時期であった。1649年にペストが大流行し、市内の人口の約半数が失われた。人口の半減は労働力不足を招き、農地は荒廃した。さらに悪いことに、日照りや干ばつが続いたため、街は深刻な飢饉に見舞われた。このような悲惨な状況下、ラス・クエバスのカルトゥジア会は、貧者への食糧配給によって社会の復興に一役買った(注14)。また、ミサや代祷の実行によって精神的な支柱としての役割も果たした(注15)。ミサなどの典礼儀式の増加とその重要性の高まりが、典礼用具を納める場である聖具室を改修する大きな契機となったのであろう。とはいえ、セビーリャ社会の状況からは、聖具室に修道会の美徳を示す絵画が制作された動機を解明する糸口は見いだせない。むしろ、カルトゥジア会自身の状況を顧みたほうが良いだろう。というのも、この時期、カルトゥジア会は危機的なセビーリャ社会で輝かしき役割を果たした一方で、その内部では重大な問題が生じていたのである。― 93 ―
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