鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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(1)展示プログラムの想像図(2) 導入:観者を出迎える武装の男性(3) 空間全体の相関性:複雑に計算された図像構成ことが想定されると考えられる。ちなみに天蓋のある断片、叙階図はほぼ正面観と認識できる。この明らかな短縮法の使用選択は、叙階図を奥面としたコの字型の空間の左右両側へとそれぞれの旧約聖書の諸場面を伴う秘蹟場面が展示された可能性を浮上させる。奉納先の礼拝堂は場所や規模など不明なるも、現行のトゥルネ大聖堂の礼拝堂が小から中規模のさほど広くはないコの字型空間であり、司教礼拝堂も大きくは違わぬとすれば、全長14mほどと推定される当該タペストリーが横一列に展示されたとは考えにくく、ほとんど現実的ではない。むしろタペストリーは、コの字の礼拝堂の壁面に沿うように展示されたとする方が、物理的に無理がない。また奥に独立した場面を配し、左右壁面へ階層構造のある場面が展開される方法は、ブランカッチ礼拝堂(フィレンツェ)など聖堂内部の展示プログラムで多く採用される手法であり、図像としても収まりが良い。また後年の記録では、当該タペストリーは何度か複数形で扱われるが、壁三面構成の場合、タペストリーは一繋ぎであるより三枚である方が扱いやすく、記録における複数形の使用が、文字通り実際に複数からなる一連のタペストリーであった可能性も検証されるべきであろう。3 展示プログラムを踏まえた図像分析および図像解釈〔図11〕は、当時のフランドル地域において祭壇画とタペストリーが如何に展示されたかを今に伝える一例である。ここで跪く人物は、シュヴローの君主ブルゴーニュ公フィリップである。同作を参考とし、これまでの分析結果を踏まえ、当時の展示プログラムの想定図を作成した〔図12〕。展示空間全体から図像分析と図像解釈を試みつつ、同図の整合性と再現性を問う。礼拝堂に足を踏み入れると、大きな上下構造のタペストリーが出迎え、あたかも階層的な建築空間へ入ったかのような錯覚を抱く。向かって左手の洗礼図では、珍しくも、斧のような武器を持った男性が、此方へ身体を向けつつ、穏やかな顔を赤子らへ向けている(注15)。ある種の威嚇を示し空間全体に一定の緊張感を与えるこの男性は、画中にあって画外の我々観者を画中へと誘う役割があるのだろう。洗礼図の武装の男性は、終油図の司祭と向かい合わせの位置にあり、鮮やかな青と― 114 ―

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