ニアもしくは「天文学」、頭に翼があり巻物を持つのはメルクリウスと解釈できよう。版画では、人物像は3人に減り、全員がアトリビュートを持つ。手前から、頭に翼がありカドゥケウスを持つメルクリウス、その後ろに天球儀を掲げる人物像、最後に楽器を抱える「音楽」が控える。総括すれば、油彩画と版画の相違点は、ミネルヴァ及び最前方のベローナとムーサのポーズに特に大きな変更があること、カプリコルヌスの有無、人物像の数とアトリビュートの有無、版画での銘文の追加である。中でも、本稿では人物像の描写の明瞭さに注目したい。版画では全員がそのアトリビュートを明確に示すが、油彩画では必ずしもアトリビュートが見うけられない。油彩画と版画の間の差異に着目した研究は、ミュラーの論考のみである。彼は初めてカプリコルヌスの有無とミネルヴァのポーズの変化に注目し、それが絵画と版画の受容層の違いによるものと解釈した(注6)。確かにメディウムによる受容層の違いに着目したこの指摘は妥当だと思われるが、先述したように、各人物像の持つアトリビュートがことごとく明示されているという点にこそ、受容者の違いの特性が表れると執筆者は考える。油彩画の本作品はルドルフ2世のコレクションに含まれていたと考えられる(注7)。そのため、鑑賞者も皇帝その人か、皇帝が招き入れた客人が主となり、難解で、一見して分かりにくい主題が好まれたと推測される。その一方で、版画は異なる受容者を持った。本版画の版刻者、エギディウス・サデラーによる他の版画に、《プラハ城のヴラジスラフ・ホール》がある(注8)。その版画の片隅には、版画を販売しているさまが描かれている〔図3〕。即ち、皇帝や一部の人間以外も版画を手にすることができたのである。そのために、恐らく受容者に合わせた描写が選択されている。教養の深い選ばれた受容者に向けた油彩画の《知恵の勝利》では全人物像のアトリビュートが明快に描かれた訳ではなく、アトリビュートを持つとしても、はっきりと描かれないものもある。他方、版画では、より幅広い層の受容者を想定して、全人物像がそのアトリビュートを観者に示すように持つ。例えば、油彩画における「彫刻」は版画と異なり、手にするアトリビュートの端しか見せない。芸術の擬人像は3人で描かれることが多いことから擬人像の特定はできるものの、何を持つかは判別できない。また、油彩画で巻物を持つメルクリウスは、版画ではカドゥケウスを持ち、より明確にその人物を指し示すアトリビュートを与えられているように見える。この相違点を生み出したのはスプランゲルとサデラーのどちらであろうか。先行研究では、スプランゲルの準備素描または絵画のヴァリエーションに倣ったという説― 124 ―
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