鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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⑮木村了琢筆「東照大権現像」の研究─その図像と伝播を中心に─研 究 者:埼玉県立歴史と民俗の博物館 学芸員  浦 木 賢 治はじめに東照大権現つまり家康の肖像を描いた絵画には、狩野探幽「東照社縁起絵巻」(日光東照宮蔵)をはじめとする「東照宮縁起絵巻」諸本や日光山輪王寺や德川記念財団等に所蔵され、三代将軍家光の夢にもとづく「東照大権現霊夢像」諸本があり、先行研究も充実している(注1)。一方、上畳に座し、黒い袍を着用した衣冠束帯姿の「東照大権現像」(以下、特に断りがない限り「東照大権現像」は衣冠束帯姿の家康像を指す)〔図1〕は全国に多数確認されているが、日本絵画史の俎上に載せられることは少ない(注2)。「東照大権現像」と隣接する研究領域に目を向ければ、東照大権現や東照宮に関する近世の宗教史研究があり(注3)、東照宮建立を大名家に認可した家光政権以降は東照宮建立の幕府認可は不要であり、同様に「東照大権現像」もゆるやかな幕府の管理のもとで、様々な絵師が描き、祀られたことが指摘されている(注4)。「東照大権現像」についても近世史研究者による論考があり、画像と天海や天台宗との関わりも指摘されている(注5)。上記の先行研究を鑑み、これまで詳しい図像の検証が少なかったことから、本研究では「東照大権現像」の図像の再検討を試みる。「東照大権現像」諸本の比較検討を通して、改めて図像の前後関係や制作背景を類推したい。なお、先行研究により「東照大権現像」は袍の裾の流れ方により「左流し」と「右流し」に大別されて論じられてきた(注6)。本論でもその区別を踏襲する。德川記念財団所蔵木村了琢筆「東照大権現像」の概要まず、德川記念財団が所蔵する四代木村了琢筆「東照大権現像」(以下、德川本)〔図1〕を概観したい。本作は絹本着色、97.4㎝×41.6㎝の掛幅で、木村了琢の印章(朱文二重円印「木村」、朱文二重方印「絵所了琢」)が認められるが、その制作背景を明らかにする歴史資料は確認されていない。しかしながら、その優れた人物表現などから「東照大権現像」諸本のうちで最初期に位置付けられており、筆者もその見解に同意したい。絵師の四代木村了琢は、世襲で「了琢」を名乗った京都の絵仏師の家に生まれ、御― 156 ―

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