3.「大ヤコブの前に姿を現す聖母」の図像と典拠か、雲上の聖母と強い光に照らされた大ヤコブが際立ち、彼らが向き合うことで生まれる対角線が構図を決定づけている。奥行きの浅い空間に多くの弟子が集まる、熱気に満ちた場面と言えるだろう。先行研究では、足の裏を見せる最前景の弟子について、カラヴァッジョ作《ロレートの聖母》〔図3〕に登場する巡礼者に着想を得たと指摘されてきた(注9)。またヤコブや弟子の配置に関しては、アンニーバレ・カラッチ作《聖母被昇天》〔図4〕に描かれた使徒たちとの関連が提起されている(注10)。いずれも説得力のある指摘だが、プッサンがなぜこれらに着目したのか、理由が問われなければならない。この問題を考える上で注目に値するのは、サラチェーニの手になる同主題の祭壇画との関係である(注11)。ローマのサンタ・マリア・イン・モンセッラートのために描かれたこの作品は消失したものの、複製版画が存在する〔図5〕(注12)。先学はこの先例との関連を挙げるに留まってきたが、両者を比較し、プッサンの創意工夫に光を当てたい。バリオーネによれば、上記の教会の右側廊三番目の礼拝堂には、サラチェーニの手になる聖母子と天使、大ヤコブを描いた祭壇画があった(注13)。つまり礼拝堂の前に立つと、向かって左が主祭壇側になる。版画では左上に聖母が表されることから、本葉は原作と同じ向きで版刻されたのだろう。プッサンがサラチェーニの先例を知っていたことは間違いないが、版画にはプッサンの作品には見られない要素が含まれる。画家の取捨選択とその意図を理解するために、「聖母の出現」の図像と典拠を紐解くことにしよう。十二使徒の一人である大ヤコブは、伝説によればスペインに伝道したとされる(注14)。彼が柱の上に聖母を見たというサラゴサでは、「柱の聖母」に対して篤い信仰が捧げられ、同市で奉納品として制作されたペンダントも現存する〔図6〕(注15)。「聖母の出現」が表された16世紀後半の祈念用版画〔図7〕を見てみると、冠を戴いた堂々たる聖母が聖なる柱の上に立ち、周囲に信者が集まる(注16)。上述のサラチェーニの祭壇画があった礼拝堂に現在置かれている18世紀の祭壇画〔図8〕でも、聖母は天使が支える柱の上に立ち、聖ヤコブと聖ビセンテ・フェレールの崇敬を受けている(注17)。他方、サラチェーニの原画に基づく版画とプッサンの作品では、左上に出現した聖母とヤコブたちとの対面に重点が置かれる。では、聖母はどのようにしてヤコブの前に顕現したのであろうか。この出来事について詳述したカステジャ・― 181 ―
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