鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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3《法学》の制作過程《法学》は、1894-95年頃に《法学》の最初の着想を示す素描が生じ、その後、構想スケッチ(1897-98)〔図3〕、そして転写スケッチ(1902-03)〔図4〕を経て完成図(1903)が制作される。する際にどのような造形的な関心を持ち、素描での追求を通じて完成図にみられる描き方の変化を引き起こしたのか、素描と完成作の対応関係を含めた考察はなされていない。このような現状に対して、《法学》の3人の裸体の女性像が《ストックレー・フリーズ》(1905-09)の「踊り子」〔図5〕に付随する女性素描の腕のポーズと類似する、ゆえに踊っているようなポーズであるとするM. E. ワーリックの指摘は、《法学》を造形面から考察している点で興味深い(注9)。筆者はこの点を踏まえた上で、《法学》とダンスの関係が形態上の類似のみとするのではなく、《法学》が1900年前後のヨーロッパに生まれたモダン・ダンスが身体言語としての機能を確立し、展開していく流れに呼応していたことを指摘する。モダン・ダンスとの関係は、《法学》の完成作、及び付随する素描に見られる新たな特徴が学科絵の制作に際して引き起された一連の変化の中で生じ、その根本には1900年前後にクリムトが一貫して追求していた人間の生から死までの主題に対する関心、そして《法学》において特徴的な空間に関する造形的な関心が関与していたと考えられるからである。以下、《法学》の制作過程に触れ、付随する準備スケッチ、及び素描の特徴を明示した上でモダン・ダンスとの関係について考察を加える。構想スケッチには「正義」を擬人化した人物像が画面の中心に位置し、右手で剣を構えて堂々とした姿で立っている。これは最初の着想と考えられる両手を伸ばす女性素描と共通し、足下には複数の蛇がいる。画面右上隅では上半身裸の女性が「法」を持って浮かぶ構図であった。この構図に対して文部教育省の芸術委員会は3点の修正を求めたが、実際にクリムトがどのように対処したのかは不明である。そして次の転写スケッチでは構図に大転換が生じた(注10)。転写スケッチ〔図4〕では画面が手前から奥へ向かう3層のような空間構成に変化している。画面手前の1層目には俯く背骨の隆起が目立つ老人、その老人に絡み付くように巨大な蛸がいる。蛸を囲むように3人の妖艶な裸体の女性像「エリニュス」が立ち、彼女たちは復讐の女神とも解され、2層目を形成している。最上部には、「エリニュス」の半分ほどの大きさの女性が3人立つ。3人の女性像は左からの「真実」、― 213 ―

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