ズについて「踊っているようなポーズ」(注13)と説明する。素描段階にて既にクリムトのリズミカルな踊るポーズへの関心を見て取れるが、これらの中に完成段階のポーズと完全に一致する例は見られない。しかし《法学》には明瞭に描かれた手〔図18〕や脚〔図19〕の素描がみられ、そのような描写が完成段階にもみられる。このような細部描写は身体を個々に独立させることに役立ち、その結果《法学》の完成図における人物描写は他2つの学科絵に比べて、個々のポーズが鮮明になっている。完成図の線の塊や明瞭な輪郭線は、モティーフを背景から浮かび上がらせる効果を与え、モティーフ同士の境界を明らかにし、画面内に3層の構造を造り出す1つの要因になっていると同時に、描写の鮮明化により人物像同士に繋がりをも生じさせている。3人の「エリニュス」と「罪人」のポーズと顔や手足の向き、そして視線により、それらが互いに循環するような構図を形成し、4人を取り巻く帯状の線の塊がその印象を強めている。このような4人の繋がりに関与していない上部の3人の女性像は、その大きさや視線も影響して4人との間に空間上の隔たりが生じ、言い換えれば、それは空間を通じての人物像の関係を意識させていることでもある。これらの点から準備素描でのクリムトの造形上の関心は、ポーズそれ自体を追求して各人物像の完成描写を作り出すことではなく、完成段階を想定して大まかに既定されているポーズを通じて構図を形成していくことであったように思われる。各人物像のポーズや関係性により《法学》では《医学》や《哲学》より複雑な空間表現が生じ、それにより観者は空間を意識する。素描にて追求されたリズムを伴う動きやポーズは完成段階の空間を伴う描写に反映されて《法学》の構図の特徴を作り出した。このようなリズムを伴う「エリニュス」や「真実」のポーズはダンスとの形態上の関連性が指摘されているが、筆者はこれを単なる造形上の関係に限定するものではなく、空間や動きの表現を追求し、身体言語という表現手段を確立するモダン・ダンスの展開にクリムトが関心を寄せた結果と考える。5 世紀転換期におけるモダン・ダンスと空間表現世紀転換期のヨーロッパは政治や社会的な体制の過渡期であり、このような社会全般の転換に伴って人々の生活様式や意識にも変化が起きていた。多様な領域で生じていた変化は文化芸術にも生じ、それは相互に影響を与えながら新しい表現の追求に向かわせた。モダン・ダンスもまたこうした流れの中にあり、身体意識の目覚め(注14)やフランソワ・デルサルトの身振りによる多様な感情をシステマティックに表現することを可能にした表現理論が基となり(注15)、ロイ・フラーやイサドラ・ダン― 215 ―
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