カンといった女性舞踏家たちによりそれはヨーロッパで誕生した。モダン・ダンスは固定された動きや内容から自由になり、無意識の、あるいはとっさの表現形式を発展させた。そしてこれら舞踏家たちは内面の感情を外側の身体を使用して視覚的に表現しようとすることを試みていた(注16)。同時代の造形芸術家の中には、モダン・ダンスの舞台や舞踏家が生み出す多様なポーズに刺激を受けて、それをモティーフとして制作した例が多々みられる。例えば、フラーの踊っている姿を描いたJ. シェレのポスター〔図20〕は良く知られている。フラーの踊りに備わる装飾的な要素が同時代のアール・ヌーヴォーの様式と合致し、ポスターや写真を通じて踊るフラーの身体がエロティックに装飾化されていった(注17)。彫刻の分野でも、例えばヴァーツラフ・ニジンスキーはオーギュスト・ロダン等同時代の彫刻家のアトリエを訪れて裸体モデルとなり、素描が制作されていた(注18)。《法学》の完成図の人物描写における特徴の1つとして、空間表現を伴う点があげられることから、以下、ダンスと彫刻の関係について触れておくことにする。彫刻にとってダンスは伝統的な主題であったが、モダン・ダンスと19世紀末の彫刻の展開の間には、身体による新しい動きのポーズとその表現の価値を追求する点で類似する。ダンサーの踊りに伴って舞うヴェールは動きを示唆し、片脚で立ち一歩踏み出す、手足を伸ばす、身体の軸を捻るといったこれらの姿勢は彫刻においてダイナミックさを表す要素であった(注19)。彫刻家は前後の動きを僅かに予感させることで動きの瞬間を彫刻に取り込むことができるが、彫刻は身体と空間の結びつきの中から逃れられずに緊張が生じる。続く19世紀初頭に、このような表現は表現主義ダンスと表現主義彫刻へと展開し、何れも動きを身体の純粋な形とそれを取り囲む空間によって表現することを目指した。その際には精神と身体の結びつきが重要になる(注20)。クリムトの《法学》完成作〔図1〕は人物像を通じて空間が示唆されており、空間と結びつかざる負えない同時代のダンスをモティーフとした彫刻作品の性質と類似しているように思われる。そして人物素描を繰り返すことにより形を純化させて、完成段階では空間をも取り込むその《法学》でのあり方が、ダンスと彫刻の表現主義への流れに呼応している。さらにアルベルティーナ素描美術館所蔵の《ストックレー・フリーズ》の「踊り子」に付随する女性素描〔図21〕、及び《ユディトⅡ》に付随する女性素描〔図22〕は、表現主義ダンスと彫刻が空間を形として取り込み、展開し始める1907~09年頃に素描されたものである。これらの素描を実見したところ、非常に簡略化された下半身とそれよりはやや丁寧に描かれた上半身の描写がなされている点に― 216 ―
元のページ ../index.html#227