鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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㉔ モダニズム建築と庭園1.問題の所在20世紀初頭ドイツのモダニズム建築は、庭園を一体化してデザインした近代的で新たな建築環境空間を創出した。それを特徴づけているのが、庭園に植栽される「植物」そのものと建築との不可分な相互関係性である。たとえば、個々の植物に特有な樹葉の色彩学的特徴や生長形態は、近代建築の壁面彩色や形態構成に積極的に関与する。不動で固体的な造形としての「建築」と生長的・流動的な有機体としての「植物」─これら相反する性質を備える両者がそのような制作論的水準において互いに連動し合う事態に対しては、少なからぬモダニズム建築家らがきわめて自覚的であった。ペーター・ベーレンス(Peter Behrens, 1868-1940)、ブルーノ・タウト(Bruno Taut, 1880-1938)、ヴァルター・グロピウス(Walter Gropius, 1883-1969)、ミース・ファン・デル・ローエ(Mies van der Rohe, 1886-1969)、ル・コルビュジェ(Le Corbusier, 1887-1965)らは、その意味で重要な建築家にほかならず、そのような彼らを指して、「植栽建築家」(Gartenarchitekt)、すなわち、植栽はもとより植物の植生へと積極的な関心を寄せつつ庭園をデザインした建築家として再評価する近年の建築史学の議論は、すでに周知の通りである(注1)。ところで、ここで留意すべきなのは、従来の美術史学・建築史学における議論が彼らの手になる建築を、概して、シンケル的な19世紀建築やイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の流れを汲む建築との様式的な親和性に関連づけ、庭園に関しても同様に、それ特有の自然性を、19世紀後半から20世紀初頭にかけてイギリス、ドイツを中心に展開する生活改革運動の一環である「改革庭園 Reformgarten」や「改革建築Reformarchitektur」の思想的文脈において解釈し、それらの様式的特性を重視する傾向にあるという点である。この傾向はおのずと、兎角、本来、庭園を構成する最重要な要素である「植物」それ自体の存在については度外視する事態を招いている。この点に関しては、それゆえ近年、植物学および造園学研究の立場から、19世紀以来の美術史学的庭園研究の方法を批判的に反省し、植物を主役として庭園史を再構築する取り組みが着実に進められている(注2)。本研究は、こうした研究動向を踏まえ、美術史学・建築史学の立場から、20世紀初頭ドイツのモダニズム建築と庭園について、それを「建築」と、むしろ「植物」相互─《景相生態地理学 Landscape ecogeography》的試論─研 究 者:慶應義塾大学 文学部 准教授  後 藤 文 子― 256 ―

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