鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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注⑴近年の先行研究は、Johannes Cramer/ Dorothée Sack (Hg.), Mies van der Rohe. Frühe Bauten.Probleme der Erhaltung ─ Probleme der Bewertung, Petersberg: Michael Imhof Verlag, 2004.; DorotheaFischer-Leonhardt, Die Gärten des Bauhauses. Gestaltungskonzepte der Moderne, Berlin: jovis VerlagGmbH, 2005.; Ruth Cavalcanti Braun, Mies van der Rohe als Gartenarchitekt. Über die Beziehungen desAußenraums zur Architektur. Landschaftsentwicklung und Umweltforschung. Schriftenreihe der FakultätArchitektur Umwelt Gesellschaft, Bd. S17, Berlin: Technische Universität Berlin, 2006.; Christophe Girot過程を継続的に見守り続け、自ら熱心にカメラで撮影していること。つまり、植物の生長に対する彼特有の眼差しである。そのことは、『現代の耐寒性花多年草および灌木』に掲載された多くの植物写真について、それらが植栽後何年を経過した時点での植物の状況を映し出しているかがキャプションとして明示されている事実に明白だ。《リール邸》の庭園を撮影した写真も例外ではない〔図6〕。さらに同書には、《リール邸》のテラスに植栽されたキク科ヘレニウム属の植物の生長について、フェルスターとクライアントの間で交わされた具体的な会話も紹介されており、その内容からは、翌年、さらにその翌年と、植物の生長が期待とともに見守られ続けていることがわかる(注26)。そして第三に、建築と植物相互における色彩的関係性の問題である。第一次世界大戦期に色彩を合法則的な秩序原理に基づいて科学的に数量化・基準化することに成功したノーベル化学賞受賞科学者ヴィルヘルム・オストヴァルト(Friedrich Wilhelm Ostwald, 1853-1932)と直接に交流するなど、植物の色彩問題と一貫して取り組み続けたフェルスターだが(注27)、《リール邸》の庭をめぐり、植物栽培家の立場から、植物と建築との色彩的な関係性について発言しているのである。すなわち、自著『現代の耐寒性花多年草および灌木』中に掲載された《リール邸》のカラー図版には、「緑色の窓の鎧戸の下に植栽された、色鮮やかで“古風な”花多年草の効果」が確認されるとの注記が見られる〔図7〕(注28)。たえずその生長形態や色彩を変化させる植物─それを栽培し、植栽するのみならず、ほかならぬその生長のプロセスをモダニズム建築との相互的な関係性において観察し続けるフェルスターの存在は、本来不動の固体的存在である建築、つまり非生命的な無機物を、植物という、時間の推移とともに変化する流体的生命体へと拓き、媒介する、まさに媒介者にほかならない。我々はこの視座においてこそ、モダニズム建築の様式論的検討から一歩踏み出し、ほかならぬ植物が一体化してデザインされた近代的で新たな建築環境空間の特質と、それが創出された意義を明らかにしうるに違いない。― 262 ―

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