鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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㉕ アルブレヒト・アルトドルファー《エジプト逃避途上の休息》の図像解釈─1500年前後の人文主義者による聖母崇敬とその影響─研 究 者:神戸大学大学院 人文学研究科 博士後期課程  薮 田 淳 子はじめにアルブレヒト・アルトドルファーの《エジプト逃避途上の休息》(以下、《エジプト逃避》)(1510年、ベルリン絵画館)〔図1〕は、エジプト逃避主題とは直接関係のない描写が散見されるため、本作の包括的な解釈はいまだになされていない。筆者は最近、本作とドイツのエジプト逃避図像との比較や泉の上の像の意味について考察して美術史学会で発表し、『美術史』に投稿した(注1)。この拙稿において、アルトドルファーの《エジプト逃避》は当時のドイツのエジプト逃避図と同様、物語を示す明確なモチーフが描かれず、代わりに聖家族の傍らで戯れる天使のような、主題とは直接関係がない要素が詳細に描かれていることを指摘した。しかしそのような物語描写が希薄になった背景についてはいまだに不明である。画中の噴水台座部分の銘板には、聖母への信仰心が記されていることから(注2)、アルトドルファーの本作品では聖母が重要性をもって描かれていることがわかる。そのため、本稿ではエジプト逃避図像だけではなく、さらに本作品の制作年である1510年前後の聖母図像との比較を行うことで、本作において物語描写が希薄となった要因を明らかにしたい。また前述の拙稿では、アルトドルファーの《エジプト逃避》は「玉座の聖母」であると同時に「泉の聖母」としての意味を持つことに言及したが、これについては、当時のドイツにおける信仰のあり方や、1500年頃の聖母の無原罪性をめぐる論争を中心に、本作のような多層的な意味を持つ聖母像が描かれた背景について論じたい。本作品には、聖家族とともにルネサンス様式の噴水のような異教的な表現が見られることから、近年の研究では人文主義の影響が示唆されている(注3)。筆者も前述の論文において、銘板上には画家の名前が古代ローマ人風に記されていることから、画家が本作において人文主義的知識を披歴することを意図していたことを指摘した。さらに風景描写について、瞑想のために描かれた船の描写といったキリスト教的意味とともに、ドイツの人文主義者コンラート・ツェルティスが詩文で記した理想的なドイツの風景概念が示されている可能性を指摘した(注4)。また、噴水の上の異教的な像は、当時の人文主義者たちが考えた、キリスト教的意味における「美徳」を理解するためのモットーとしての意味を持つ可能性を示唆した。このような人文主義の影― 267 ―

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