3 聖母祈祷書と賛美文に見る象徴的な描写の象徴的な意味や要因について具体的に分析する。聖母の無原罪論争が高まる1500年前後のドイツでは、この論争に呼応するかのように、聖母がさらに崇敬を集め、聖母に関する祈祷書が数多く制作された。その際、無原罪派の中でもとりわけ人文主義者によって、聖母を詠う詩作品が出版された(注27)。1505年にニュルンベルクで出版された祈祷書『閉ざされたロザリオの庭(Der beschlossen gart des rosenkrantz marie)』(以下、ピンダー祈祷書)は、同地の医師であったウルリヒ・ピンダーの私的な印刷所から出版されたものであり、1500年頃のニュルンベルクの聖母信仰の特徴を示すものとして知られる(注28)。ピンダー祈祷書は、ニュルンベルクのロザリオ信心会の依頼によるもので、ドレシャーが指摘するように、1497年のニュルンベルクでは、前述のヴュルツブルクの人文主義者トリテミウスの聖母の無原罪論をめぐり、激しい議論が交わされた記録が存在する(注29)。そのためこの祈祷書には、当時の無原罪論争に対する無原罪派の立場を証明する強いメッセージ性が込められていたと考えられる。本書は2巻本の約1200頁からなり、個人的な団体のための聖母の祈祷書としては類例をみない大規模なものである(注30)。挿絵も非常に多く、大部分はハンス・バルトゥンク・グリーン、ハンス・ショイフェラインなどデューラー工房の制作が指摘されている(注31)。本書の聖母の象徴についての記述は多岐にわたる。これらの象徴物は祈祷書で伝統的に称えられてきた聖母の無原罪性を表すものとして理解できる。たとえば噴水が生命の泉や汚れのなさを表すものとして何度も挿絵に登場し〔図5〕、さらに聖母の純潔や謙譲の象徴としての岩〔図6〕、純潔を表すという海〔図7〕や川、神の住まう教会、知恵の玉座の聖母が治める町〔図8〕がそれぞれ明確な図とともに詳細に説明されている(注32)。また決して伐採されることのないレバノン杉〔図9〕と聖母の関係についても言及されている(注33)。挿絵に対応するテキストでは、豊穣の象徴としての聖母やその純潔性が称えられていることから(注34)、レバノン杉の足元に図示された泉はキリストの生命を注がれる聖母を表すと考えられる。1503年パリで出版された時祷書〔図10〕には、聖母の無原罪性を表す15の伝統的なエンブレムが図示されているが、これらのエンブレムはピンダー祈祷書の挿絵にもみられる。しかしこうしたエンブレムには含まれていない岩や海、川が図示されている点で、ピンダー祈祷書の挿絵は従来の聖母には見られない象徴物が図像化された新し― 271 ―
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