鹿島美術研究 年報第33号別冊(2016)
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⑵Barnett Newman, “Picture of a Painter,” Newsweek, March 16, 1959, p. 58.⑶Donald Judd, Donald Judd Complete Writings 1959-1975, The Press of Nova Scotia College of Art and⑸Lawrence Alloway, “The Station of the Cross and the Subjects of the Artist,” Barnett Newman: The⑹Thomas B. Hess, Barnett Newman, p. 107.注⑴Barnett Newman, “Interview with Emile de Antonio,” Barnett Newman: Selected Writings andInterviews, John OʼNeil (ed.), Alfred A. Knopf, University of California Press, 1990, p. 304.(エミール・ディ・アントニオ、ミッチ・タックマン『現代美術は語る ニューヨーク・1940-1970』林道郎訳、1997年、青土社、116頁。)⑷次の二つの文献を参照。Thomas B. Hess, Barnett Newman, The Museum of Modern Art, New York,1971, p. 95. Barnett Newman,“A Conversation: Barnett Newman and Thomas B. Hess,” BarnettNewman: Selected Writings and Interviews, p. 277.めることができない。ゆえに、ニューマンの絵画におけるいま=瞬間とは、二律背反の乗り越え、あるいは両立不可能なものの両立という主題論的な課題の解決によってはじめてもたらされるものなのであり、それは従来理解されてきたような、視知覚的なものでは決してない。しかし、すでに見てきたように、ニューマンは主題的な事象を、観者の視知覚的効果や絵画の物質性そのものに訴えることによって実現しようとしたのである。そのとき、絵画における主題論的、概念的な側面と絵画制作における物質的、実践的側面は協働的な関係にある。ニューマン自身、「概念と実践(理念と制作)は、厳密に同じ瞬間に協働しなければならない(注11)」と述べていた。ニューマンは、このような「厳密に同じ瞬間」に協働する「概念と実行」の同時性を「奇跡的な出来事のパラドクス(注12)」とさえ呼ぶだろう。ニューマンの絵画では、相反する二元論的要素の対立的な差異が、暴力的に解消されている。二極性をもった要素の現象は、いずれにしても同時的かつ一挙的なものであり、そこにニューマンの絵画を導く特殊な思考の様態が徴候的に露呈している。ニューマンの絵画は個体化した矛盾であり、同時にそのような矛盾の破局的な統合なのだ。じっさい矛盾(paradox)とは、その語源に従えば、並行(para-)する見解(doxa)のことである。ゆえに、絵画の全体性を一瞬間のうちに開示することとは、互いに背理・逆説する立場(パラ-ドクサ)の一挙的な解消を遂行することなのだ。ニューマンの絵画は、遭遇不可能な出来事の遭遇としてのパラ-ドクスにおいて、単線的な時間経験に決して還元されることのない特殊な時間性の経験を、私たちに与えているのである。Design, 1975, p. 201.Stations of the Cross: Lema Sabachthani, Guggenheim Museum, 1966, p. 16.― 20 ―

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