「プロムナード La promenade/ La promenade au bois」の主題を表す絵画過程を検証する。さらに、本研究調査の訪問先で収集したデュフィの書簡のなかから彼がモードの仕事について書き記した手紙を取り上げ、複数分野にまたがるその創作姿勢を明らかにする。デュフィの絵画や版画に登場する様々なモチーフは、彼がB.F.社の下で制作したテキスタイルに装飾モチーフとして個別に組み込まれている。特に、ギヨーム・アポリネールの『動物詩集あるいはオルフェウスとそのお供たち』(1911年初版)のためにデュフィが手がけた挿絵版画のイメージがテキスタイルの装飾モチーフに採用された詳細は、過去の研究や近年の展覧会において頻繁に紹介されてきた(注4)。オリジナルのイメージはテキスタイル下絵の作画時に、形や色合い、素材独自の風合いといった造形的な改変が施され、装飾モチーフとして再構成された(注5)。ヴァリエーションやリプリント制作の都度、その工程が繰り返された。こういった、ある一つのイメージに多様な変化を加えて別のデザインを作り出すテキスタイル下絵の作画工程は、逆に同時期以降の絵画の作画法としても定着してゆく。本節では、「プロムナード」と名付けられた1910年代の作品群を提示し、絵画作品に描かれた女性騎手などのイメージがテキスタイルの装飾モチーフに応用される際の造形の変遷を読み解く。サン・ディエゴ美術館所蔵の油彩画《プロムナード The Promenade》(1913年頃)〔図1〕には、正装をした一組の男女を先頭に、騎乗する貴婦人が洗練された装いの別の貴婦人を伴に連れて、深緑に囲まれた閑静な佇まいの邸宅前の通りを静かに道行く様子が描かれている。画中には、作家お気に入りのモチーフである赤い壺─それは1908-09年頃のデッサン帳(パリ近代美術館、ポンピドゥー・センター)に素描された後に油彩画に描かれて以降(注6)、晩年期の作品までに頻繁に登場する─の描き込みもある。その異作として、1913年のサロン・デ・ザンデパンダン(パリ、3月19日-5月18日)に出品された油彩画(個人蔵、ニューヨーク)〔図2〕があるほかに、水彩と鉛筆による素描3点が1981年出版のカタログ・レゾネの記録に残っている(注7)。一連の作品の制作順序について、デュフィが画面サイズを徐々に大きくしつつ、構図全体の推敲を重ねその一方で細部を描き込んで行ったと考えるならば、それら三点の素描作品が作品番号75、73、74番の順で制作された後にサン・ディエゴ美術館所蔵の絵画が描かれ、その後に上述の個人所蔵の絵画が描かれたのではないだろうか。というのも、サン・ディエゴの作品よりも大きいキャンバスに描かれた個人蔵の作品― 312 ―
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